日本長期急性期病床(LTAC)研究会 第4回研究大会 開催報告

シンポジウムⅠ



地域包括ケアと救急医療

 

座長:定光大海(大阪医療センター救命救急センター診療部長)

シンポジスト:北小屋裕(京都橘大学健康科学部救急救命学科助教)

シンポジスト:猪口正孝(東京都医師会副会長)

シンポジスト:鈴木敬子(南多摩病院看護師長・退院支援看護師)


〇定光:皆さんこんにちは。わたしは、国立病院機構大阪医療センター救命救急センターに勤めている。医学部を卒業して38年が経つが、そのうちの35年間は三次救急の医療機関に勤めてきた。非常に限られた世界しか知らないかもしれないが、今日は、地域包括ケアと救急医療の興味深いお話を聞かせていただけるということでわたし自身、楽しみにしている。
 3人のシンポジストにお話しいただくが、それぞれ立ち位置が違うので、それぞれの領域から見た救急医療、特に救急搬送を中心にお話しいただけると思う。
  最初にお話しいただくのが、京都橘大学健康科学部救急救命学科の助教、北小屋先生。バックグラウンドが救急救命士ということで、18年間にわたって現場でお勤めになり、今は教育と研究のお立場で大学にお勤めになっておられる。

〇北小屋:本日は、もともと消防官で現在は大学で救急救命士を指導している立場から、今後必要となってくる搬送システムについて話させてもらいたい。
  元消防官ということで、救急車の現状がどうなっているか、触れていきたい。このデータは総務省消防庁から出されているもので、先ほど東京消防庁の方のお話にもあったように、救急件数がうなぎ上りに増えている。それに対して、救急隊の数が追い付いておらず、また、救急隊を1隊増やすには1億円というお金が掛かり、今の市町村の財政ですぐに救急隊を増やすのはなかなか難しいのが現状だ。
  救急件数が増えて救急隊が少ないと、問題となるのは救急現場に着くまでの時間が延びることである。いままでは近くの消防署から救急車が来てくれるはずが、そこの救急車が出払っているということで、少し遠い所から救急車が来る。そこも出払っていたら、もっと遠い所から救急車が来るので、延々と現場到着時間が延びる。また、救急件数が増えると医療機関側の負担も増えていく。
  救急件数が増えている原因は、高齢者の数がうなぎ上りに増えているからで、成人や小児はほぼ変わっていない。高齢者は約6.8倍に増えている。これに対して成人は1.4倍でほぼ変わらない。
  疾患別では、軽症と中等症の急病で、そして1日以上の入院が増えており、重症と死亡はほぼ変わっていない。1984年から2013年にかけて軽症が約4倍、中等症が約3.3倍というところである。
  一方、外傷では、高齢者では一般負傷などもあるが、軽症が約1.7倍、中等症が約1.4倍とあまり変わっていない。
  総務省消防庁が出しているデータによると、救急搬送のほぼ半数を高齢者が占めている。その中でも中等症・軽症など、当日に帰ったり1~2日入院してお帰りになったりするものが全体の半分を占めている。
  総務省消防庁が2012年につくったデータによると、この時点では、2015年の救急出動件数は560万件ほどだろうと推測していたが、現実にはこの想定を40万件以上も上回っており、現在は600万件を超えている。これが倍々ゲームになっていくと、2025年にはおそらく700万件近くになるだろうと予測されている。
  そういった状況のため、このまま消防の救急車だけで対応していくのはなかなか難しい。地域包括ケアが進む中で、今後の対応をスムーズに進めていくのはなかなか難しいと推測できる。
  このように、高齢化が進展していく中で救急件数が増え、消防救急車は限界を迎えている。119番通報しても救急車が来ないことが起こりえる。現在では、救急車の到着まで平均で7~8分ほどだが、おそらく救急件数が増え続けると、今後は20分位経っても救急車が来てくれない状況になってしまう。そのため、新たな搬送システムを地域内に作らないとこのままではもたないと言われている。
  総務省消防庁が作った図は、厚生労働省の図版に、「搬送」の要素を足したものである。この搬送の部分の厚みを増やさないと、地域の中で回すのは難しい。ウォークインとか自家用車、タクシーで来院される方はそれで十分だが、在宅で酸素をされている寝たきりの人を動かす手段がまだまだ脆弱なので、在宅の方は、自宅で少し熱を出したり具合が悪くなったりすると、すぐ救急車に電話が掛かってくる。
  わたしも119番の通信指令で長年働いていたが、「お父さんが発熱したので、それほど急がないけれど救急車に来てもらえないか」といった通報が多々ある。東京にはいろいろなものが集まっているが、地方ではこの部分が薄い。この辺りをどうすべきかを現在考えている。
  搬送の形態には、消防機関による消防救急車のほかにも、病院に所属する救急サービス(病院救急車)、民間タクシーや民間救急車と呼ばれる緊急走行ができず、また医療行為もできないものの、大体3つある。
 現状の問題点は、緊急性の高いもの、心臓が止まって死にかけているようなケースから、少し熱があるような軽症まですべて消防救急車がカバーしている点だ。
  病院救急車は病院に所属し、一部の地域内や医療機関同士の搬送時などに活用されており、そのためクリニックを含むすべての医療機関で活用するのはなかなか難しい。
  民間救急車は、症状の落ち着いた患者さんが主な対象で、救急搬送の大半が該当する緊急度は低いけれども、重症度が高い患者さんを運ぶことができない。そのため、こういう方はほぼ消防機関がカバーしている。
  今後は緊急度が低く重症度が高い患者さんをどうフォローするかを考えていかなければならないということだ。東京では「八王子市高齢者救急医療体制広域連絡会」(「八高連」)などいろいろなことを始めている。わたしがいる京都の近くでも、滋賀で基幹病院が中心になって、在宅まで患者さんを迎えに行く試みを始めている。在宅の患者をどうカバーするか、いろいろな地域で考え始めている。
  わたしは、現在、愛知県でパイロットプランとしていろいろな事業を展開しようと、準備を進めている。その中で、新たな搬送システムを作るに当たって、どのような基本コンセプトが必要かをここに挙げてみた。それには、地域医療ビジョンによる病床再編を踏まえ、医療機関・介護施設・在宅間で医療の質を担保するための搬送体制を構築する視点が必要である。
  緊急度が高いか低いかも含め、消防救急車・病院救急車と新たな搬送車の役割分担と、救急救命士をそこに活用していくことが必要である。消防機関を辞める救命士が今後、増えていく中で、そういった人材の活用を基本コンセプトに加えて、新たな搬送事業を展開したいと考えている。
  いま、そのコンセプトに沿って、地域連携搬送やお迎え搬送、在宅患者の見守りなどを展開できないか、検討している。
  これらの事業を行う上では、前提となる教育や、メディカルコントロールの枠組みでの医師の統括・管理が必要となる。現在、「病院前救護メディカルコントロール」は消防機関が担っている。消防機関、救急病院、救命センターといった所に入って救急救命士の質とか、プレホスピタルの質を保っている。
  そのため今回、「地域包括メディカルコントロール」というものを新たに作り、新たな搬送システムが在宅から搬送する際に医療の質(の概念)を導入して、在宅と病院間搬送の部分で、医療の質を向上させる新たな仕組みを作ろうと構想している。
  その中で、病院協会や病院の地域連携部門、行政、社会福祉法人、社会福祉協議会(社協)など福祉部門の関係者に参加してもらい、構築していこうと考えている。
  事業の展望を先ほど示したが、地域連携ということで、救急で言う「上り搬送」のように高度な医療機関に運ぶ部分以外に「下り搬送」や「水平搬送」というものもある。水平搬送は、例えば整形外科の病院に入院されている方が、胃潰瘍などの疾患を発症したら横移動する。そういうケースでも、ほかに搬送ツールがなければ消防救急車を利用している。そのような部分で新たな搬送システムを使えないかと考えている。
  また、現在、消防機関が行っている、二次救急病院やクリニックにお迎えに行くなど、一部の「上り搬送」も担えないかということである。救急件数が増えているので、総務省消防庁が今回、転院搬送のガイドラインをもう少ししっかりさせようと見直している。こうした中で消防機関の負担を減らすため「お迎え搬送」もできないかと考えている。
  さらに、在宅の患者さんの容態が悪くなったときにご自宅を訪問して、バイタル測定や患者観察を救急救命士が行い、入院するかそれともクリニックへ向かうかを、かかりつけ医と相談しながら判断する「在宅患者見守りシステム」。
  もう一つ「お看取り搬送システム」は、消防の現場でも現在、問題となっているDNAR(延命治療の中止)の患者さんにどう対応するかを検討している。DNARを意思表示している方のご家族が驚いて119番通報した場合、消防機関はCPR(心肺蘇生法)を実施しながら病院に運ぶことが往々にある。そういうケースでは、患者さんの意向が無視されたり、警察が介入したりしてご家族に半日ほどご負担をかけることもある。そこで、登録があった患者さんの様子を救急救命士が見に行き、状況をドクターに報告した上、非救急の部門にそのまま患者さんを連れて行き、そこでお看取りしてまたご自宅にお返しするというものである。
  これまでは医師がご自宅へ出向いてお看取りするのが主流だったが、現在はなかなか難しくなっている。そこで、これはいわば逆パターンで患者さんを病院にお連れして、そこでお看取りをして、ご自宅へお返しすることを考えている。
  そして災害時の対応である。災害時には、病気やけがなら救急車で搬送するが、在宅の患者さんを保護するために救急車を出すことはできない。病気やけがが発生しないと救急搬送は無理なので、そのような場合、搬送車で患者さんをお迎えに行き、病院へ避難させる。そういうシステムがないと今後、消防がそこまですべてカバーするのは厳しい。
  このようにして消防救急車の需要を削減し、うなぎ上りである消防の予算の増加を抑制していく必要がある。財務省が昨年度、このようにアドバルーンを挙げ、2兆円規模の消防関連の予算に切り込む考えを示した。ただ、119番通報を有料化するのはまだハードルが高いし、そのような方向にはまだまだ進むべきではないと思っているので、このようにいろいろなシステムを作っていかないと駄目だと思っている。
  もう一つが救急救命士の活用である。救命士は1991年に誕生し、それから25年が経ち、消防機関を辞める人がこれからたくさん出てくる。これは2012年のデータだが、10年間で約7000人もの救命士が辞めていくとされている。救命士は、消防機関から出た途端、ただの人になる。消防機関、救急車に乗らないと、それまでに身に付けた医療知識や経験は生かせない。そこで、そういう方を搬送システムに乗せることでそれまでの経験や技術を生かし、社会的に有効活用できる。7000人ほどと見込まれる退職者を、社会的資源として有効活用しようと考えている。今後、地域のネットワークを再構築して、医療の地域完結を目指す上でこうしたシステムを作らなければ高齢化に伴う需要増に対応するのは難しいと考えている。
  「地域包括ケアセンター」を事業主体にするのは医師会も含めての話でなかなか難しいが、病院間だけでやるのか、病院にぶら下がっている在宅の患者さんも含めてやるかを現在、愛知県で考えている。最終形としては、都道府県から補助金をいただきながら、地域包括ケアセンターが主体となって、搬送時の指示を出すような形を作るのが最適だと考えている。
  搬送形態としては、この青線が搬送などの依頼で、点線は搬送者の動きである。リハビリ病院から慢性期の病院、慢性期の病院から急性期病院、介護老人保健施設から慢性期や回復期の病院へと、横移動を随時できるシステムがないと駄目だということだ。
  現状ではなかなか難しいが、利用料として500円なり1000円なりを最終的にいただければと考えている。消防の救急搬送は100%税金で賄われて無料だが、新たなシステムに患者さんの一部負担を入れる。これらに100%自己負担の民間救急車を加え、これら三層を作らないと難しいと考えている。
  まとめとして、消防機関以外に、メディカルコントロールにより医療を担保とした新たな搬送システムを構築することで、地域の高齢者の安心・安全を確保することを考えている。非緊急の高齢者の転院搬送などをメディカルコントロールでカバーすることで、緊急度の高い心肺停止や、どうしても駆け付けなければならない事案に消防機関が対応できるようにする。
  救急件数は2015年の約605万件から、2025年には690万件に増加すると予測されており、この増加分の大半を新たな搬送システムでカバーし、消防機関で支えられないかと考えている。今回紹介したのは愛知県内で進められている構想だが、いろいろな地域でもこうしたことが進められないかとも検討している。

○定光:ありがとうございました。消防機関による従来の緊急搬送システムを補完するというか、新しい救急患者、傷病者の搬送形態をモデルとして提案なさっている。病院救急車などを利用して地域で搬送システムを作っていくというお話だった。何かご質問は。

〇質問:お話に出てきた救命救急士。わたしどもの病院にも救命救急士がいたが、ある事情で辞めた。新卒だったらたくさん来るが、新卒ではそういうことはなかなかできない。お話にあったように、退職する救命士が7000人ほどになるならそういう人にぜひ来てほしいと思う。どこへ相談に行けばいいのか。

〇北小屋:退職する人が7000人ぐらいになるとみられているが、こういうシステムが今までなかったので、消防機関を辞めて就職先を探すことになっても、病院を探さない。今は介護施設の運転手などしかないので、もしもこういうシステムが広がれば再就職先に病院という選択肢が出ると思う。ただ、わたしは退職者だけでは新システムを賄えないと思う。退職者と新卒と、それらをミックスして経験を植え付けながら育て上げることも大事だし、わたしも今、教育機関でそういう学生を育てていると、今は就職先として消防機関に行きたがる。しかし、こうした新たなシステムが立ち上がれば、病院を志望する学生も多分、入ってくると思う。そういう中で、経験豊富な人と若手をミックスすることで、地域医療を守る青写真が出来てくると思うが、今はまだ何もない段階なので難しい。

〇質問:ぜひ相談に乗ってほしいと思う。新卒の人の職場があまりないが、経験者のいないところに新卒を入れるわけにはいかないので非常に苦労している。よろしくお願いしたい。

○定光:続いて、地域包括ケア促進と病院救急車ということで、東京都医師会副会長の猪口先生にご講演を賜りたいと思う。

〇猪口:先ほどのご質問だが、東京都では、東京消防庁と相談して、定年退職された人が病院に実際、勤めていらっしゃって、その人たちが救急車を運行しているのを伝え聞いて、卒業したての若い救命救急士が病院に就職する例も増えてきている。相談は東京消防庁に直接している傾向がある。
  わたしのテーマは、地域包括ケアと救急医療ということだが、地域包括ケアシステムの構築をこれから進めるに当たり、救急の位置付けは非常に大きいと考えている。
  これはよくある図。地域包括ケアシステムがあって、高齢者はほぼ在宅でいるけれども、必要な時にときどき入院して、またすぐ在宅に戻る。このようなサイクルを描くとき、こちら側の入院医療の提供体制は、一体どんなものかを今、全国で議論しているが、地域医療構想の具体化を通じてわれわれ東京も考えた。
  これは、地域医療構想が始まる前に東京都医師会が実施した入院調査である。救急入院された患者さんの半数が通常の救急車を利用し、残りの半数はウォークイン。入院元はほとんどが自宅だった。
  1か月後の状況を見ると、自宅に帰られる方がほとんどである。だから、救急で入院する方たちは、自宅に戻っていくということで、先ほどの地域包括ケアを下支えするサイクルを形作る医療では、救急がかなりのウエートを占めているだろうことはすぐ想像できる。
  年齢層の分析では、75歳以上の高齢者の入院の場合、在宅復帰がほぼ60%、入院継続が20%、死亡退院が8%、転院率が7.5%で、75歳以上の人たちが救急で入院すると、ほぼ帰っていくというサイクルに一応乗っていることが分かった。
  入院時には軽症、中等症がほとんどだと言われているが、「消化器」「呼吸器」「心・血管」「外傷」など症状はきちんとある。
  話は違うが、全日本病院協会の「防災救急委員会」で、救急車の不適正利用が実際にあるのかを調べると、「不適正利用」だと現場が判断するものはほとんどなく、1%以下であった。消防・救急の人たちと話すと「不要不急はすべて不適正利用」という話になりがちだが、確かに急は要しないけど、医療的な何らかの配慮をしなくてはならない搬送の方が圧倒的に多く、二次救急の窓口で診る医師や看護師といった担当者たちは、不適正利用だとは別に思っていない。ほとんどが適正なのだが、それが急を要するかどうか。東京消防庁が目指す救急利用に該当するかというと、視点が違う。医療側からすると、「これはしようがない」と思える部分が多い。
  療養病床に自宅から直接入院する人は全体の10~15%。退院先を見ると、自宅への退院は23.8%で死亡退院が41.5%。今日は日慢協の先生方が非常に多いので、慢性期救急のような考え方からすると汗をかくような内容だが、東京都医師会の「病院委員会」と東京都病院協会としては、地域包括ケアシステムを下支えするという意味では、急性期と回復期病床へのニーズがやはり高いのだろうと想定される。慢性期病床が必要なことは分かる。地域に慢性期がないと、医療提供体制として不十分なことは分かるが、優先順位は急性期と回復期の方が高いのではないか。慢性期の医療は、ある程度ほかの構想区域に依存することも優先順位から言うと考えられるのではないか。東京ではそのようなことを地域医療構想に盛り込んだ。
  有賀先生に教えていただいたことだが、「彷徨える老人」は、地域外の病院に救急車で運ばれたことで、どんどんどんどん遠くに行く。
  東京の地域医療構想で、慢性期の受療動向を見ると、患者さんは東京の東から西にどんどん流出していく。1回救急車で運ばれてしまうと、西へ西へと、もしくは都道府県を越えて遠くの方に転院させられてしまい、なかなか戻ってこられない。だから、きちんと二次医療圏の中に置いておかなくてはならないが、二次医療圏の中に収まったとしてもこのように移動することはある。だから「彷徨える老人」が一度、遠方に出てしまうと、戻そうという意思が働かず高い確率でそのままになってしまう。二次医療圏の中で収めても(遠方に)行くかもしれないけれど、それはよく相談して、二次医療圏の中か、地元の中で収めなくてはならないものはしっかりと収め、「このケースではしようがない」と、家族と合意の上で移っていくのとでは話が違うということだ。
「彷徨える老人」は、自分や家族の意思に関係なくどんどん動いてしまう状態だとわたしは考えている。高度急性期の患者さんが地域外に流入した後、自分たちの意思とは関係なく遠方に行ってしまう傾向が良くないということだ。
 そういう意味で、生活を下支えするのは救急だろう。病院救急車は、これまでは自分の病院に運ぶだけだったが、東京都医師会では地域の病院のネットワークを作り、病院救急車を利用して、入院が必要であってもそれほど急がないなら、かかりつけ医の要請で地域内のどこにでも救急車で運ぼうという「地域高齢者救急搬送システム」を考えた。
  このシステムは葛飾区でスタートした。「繰り返す誤嚥性肺炎」など不急の救急が対象で、かかりつけ医が患者さんの同意を得て登録すれば、コールセンターに頼んで、救急車を所有する病院以外の場所にも患者さんを運ぶ。これは、救急車を持っている病院自体に入院するのではなく、かかりつけの先生が「ここが良い」と言う病院に運ぶシステムである。
  このシステムを運営するために「運営協議会」を開いているが、このように一つのプラットホームを用意して医師会や訪問看護ステーション、介護サービス、居宅サービス事業者などがそれに乗る。これを下支えするのが医師会と行政。こうしたことをすることで、地域包括ケアシステムそのものも進めていく。地域包括ケアを推進するはずみ車のような形で事業を始めている。葛飾区では、このプラットホームを利用して地域包括ケアを考える会議にもなっている。
  登録医療機関は70件、登録患者数は500人。今年に入ってますます増えていて、患者さんの満足度は非常に高い。
  病院救急車と消防署の救急車、民間救急の話が先ほど出たが、病院救急車についてひと言言わせていただくと、病院救急車は病院の医師の指示の下に行動している。だから、包括的なメディカルコントロールは非常に難しいが、消防のメディカルコントロールは包括的な指示の下に動いている。病院救急車は医療の上に乗っている。医師の指示、個別的指示の下に動いている。東京では年4万件の転院搬送に(救急車が)使われているというが、それは医療が必要なためだ。転院先で行われているのは医療。入院元と転院先は「医療・医療」の関係にある。医療が必要な人の搬送手段が今までなかったが故に消防庁の救急車が使われていたが、このように病院救急車は医師の指示、個別的な指示の下に、救命救急士かナースが医療活動をできるので、病院救急車の利用価値は非常に高いと考えている。今後もこの作戦を広げ、東京中で病院救急車が動くことを目指して行政と話をしている。

〇定光:ありがとうございました。地域を支える病院救急車による搬送システムという話だった。何か質問は。どうぞ。

〇質問:東京の住人として2つ質問がある。1つ目は、地域包括ケアシステムを下支えする病床機能は、ということで東京都医師会の病院委員会と東京都病院協会の提言が出てきた。今日はLTAC研究会だから回復期の先生もいらっしゃる。先生のご説明では、急性期と回復期のニーズが最も高くて慢性期はなぜその次なのか、今のご発表の中で分からなかったので、そこをお聞きしたい。もう1つは、わたしも23区内の医療は23区内で完結すればいいと思うが、そうは言っても多摩地区に住んでいると回復期と慢性期が相当多い。現実問題として、彷徨っているかどうかは分からないが、ある程度はしようがないのではないかとも思う。あるいは、地方の病院グループが東京23区内にどんどん入ってきている。それが解決策の一つかなとも思う。そこはどう考えているか。

〇猪口:地域医療構想の中の回復期には、回復期リハビリテーション病院だけではなく、地域医療構想では「少額急性期」とでも言うか、急性期の流れの中であまり額を使っていないものが「回復期扱い」になっている。地域医療構想の中で非常に必要性が高いのは「中額急性期」というか、いわゆる急性期と「亜急性期相当の急性期」。そういうものが大事だと提言している。
  それから2つ目。西の方の回復期病床を利用するべきだというのはその通りで、23区に慢性期を作ろうと思っても今さら作れない。だけど、やっぱりおじいちゃんやおばあちゃんをそばに置いておきたいという人たちが山のようにいらっしゃる。だから、地域の中で可能な限り病床を増やすとしても、それ以外の部分は、二次医療圏外の慢性期病床を利用するということでいいのではないか。これが東京都の作戦だろう。
  その代わり、西多摩や南多摩のベッドを利用するための医療連携をしっかり構築することが必要だという話になっている。

〇定光:どうぞ。

〇質問:国際医療福祉大学の高橋です。病院救急車は大都会ではかなり有用だと思うが、地方都市や過疎地でも同じように使えるとお考えになるか。

〇猪口:地方のことはよく分からない。ただ、救急がひっ迫しているなら地方でも使える手だと思う。要するに、地域包括ケアの中のお年寄りが救急を利用する際、ニーズに多様性がある。東京の場合は、それを受け取る側の医療機関にも多様性があるのでそれらに合わせる形で、こういうコミューター的なものは非常に役に立つと思うが、地方によっては多様性に合わせた受け入れ機関があるかどうかという問題もある。そのため、どこまで使えるのかわたし自身には分からないが、消防救急を補完するという意味ではかなり役に立つだろう。

〇定光:1つ質問。地域包括ケア病床のサブアキュート機能と、それを担うのにこの病院救急車が役立ちそうだというお話、そこが合致していると思うが、病院救急車で搬送する在宅や介護施設の患者さんは、契約されていてあらかじめ分かっている人を対象になさっているのだろうと思うがいかがか。

〇猪口:その通りだ。繰り返しているような方が多いので、かかりつけ医があらかじめ登録している。

〇定光:在宅で突然具合が悪くなって、何かよく分からないけどとにかく病院に行きたい人を病院救急車がカバーすることは可能か。

〇猪口:かかりつけの医師すらも想像していないような急変の場合は、消防の救急車を呼んでいただく。

〇定光:その2つの振り分けは誰がやるのか。

〇猪口:かかりつけ医の周りでいつも見ている人たちにとっては意外と簡単に想像できる世界ではないか。

○定光:ありがとうございました。引き続き、今度は看護の立場から、地域包括ケアと救急医療、病院救急車の運用と看護師の役割ということで、鈴木先生にお願いしたいと思う。

〇鈴木:わたしは看護師なので、病院救急車の運用と看護師の役割についてお話しさせていただく。わたしが勤める南多摩病院は東京都八王子市の西八王子駅前にある170床の小さな病院だ。救急車の受け入れ台数は年4300台で、一日に大体10数人の患者が搬送されてくる。
  南多摩病院は医療法人社団永生会が運営する病院の一つで、ほかに介護老人保健施設が3施設、認知症グループホームが1施設、5つの訪問看護ステーションがある。
  市内には「八王子市高齢者救急医療体制広域連絡会」(「八高連」)が2011年5月に設立され、現在は20団体が参加している。
  「八高連」は八王子市内にお住まいか、市内の高齢施設にいらっしゃる高齢者の救急要請に応え、より迅速で的確な救急搬送を確保するため八王子市が設置した。
  目的は、急性期医療への早期受け入れ態勢の確立と慢性期医療や介護施設との連携強化を図ることで病院選定の困難な事例を減少させ、高齢者の安全を確保すること。
  在宅療養中の患者さまが対象で、運営主体は八王子市医師会。病院救急車は南多摩病院のものを使っている。この通称「八高連」は地域包括ケアシステム推進の基盤になると思っている。
  八王子市では、慢性期医療機関での傷病者受け入れが年々増加している。これは東京都医師会の構想として高齢者の救急搬送、病院救急車を活用して消防救急搬送の一部を肩代わりしようという内容の記事である。「地域高齢者救急搬送システム」に2011年、葛飾区、町田市、八王子市の医師会が手を上げた。八王子市医師会では14年12月1日に事業を開始した。八王子市医師会では、病院救急車を利用した「地域高齢者搬送システム」を展開している。かかりつけ医が救急車の出動を要請し、南多摩病院にあるコールセンターに連絡が来ることになっている。
  救急車に乗るメンバーは看護師、救急救命士、運転手の3人以上と決まっている。こちらが病院救急車。消防救急と区別ができるように「みなみちゃん」というマークが付いている。
  こちらは「救急医療情報シート」。患者さまのご自宅の冷蔵庫に貼るように勧めている。利用登録された患者さまが対象で、患者さまは「まごころネット八王子」というカードを持参する。このカードを端末に読み込むと、患者さまの情報、指示書情報、連携施設の情報を読み取ることができる。
  これは2014年12月1日から1年7か月間の病院救急車の運用状況。搬送症例は238例で平均年齢が77歳。
  緑色のグラフが八王子市医師会の事業件数、青色のグラフは病院救急車出動総件数である。医師会事業と別に、南多摩病院でも独自の事業を行っている。
  病院救急車の要請理由では腰痛症、体動困難、肺炎、骨折、終末期がん、精神疾患、認知症が上位を占めている。搬送先の医療機関は急性期病院が49%、慢性期病院が51%。
  これは搬送1か月後の転帰。循環器型介護ネットワークを進めていけると考えている。慢性期病院における受け入れ件数が増加したのは、八王子市医師会がリーダーシップを取り、地域包括ケアシステムの推進の基盤を作った「八高連」やかかりつけ医、訪問看護ステーションの看護師の存在によるところが大きいと感じている。
  病院救急車の搬送事例を紹介すると、24歳男性の事例では、発熱嘔吐があり、かかりつけ医により入院精査が必要と出動要請があった。既往に脳性麻痺があり、腸瘻、バルーンカテーテル、気切により呼吸器を使用している。救急救命士と看護師が共同で急性期の小児病院に搬送した。在宅から移送する関係上、玄関や廊下が狭くドキドキした搬送だった。
  当院入院中の70歳男性の事例では、重症急性膵炎と呼吸不全のため大学病院に転院搬送した。入院中の患者であったため、病棟の看護師が病院救急車に同乗して患者の申し送りに大学病院へ行った。
  慢性期病院からの出動要請の例では、認知症病棟に入院中の65歳男性、胆嚢炎の症状が改善せず、かかりつけ医からかかりつけ病院への搬送依頼があった。認知症があり、NGチューブやバルーンカテーテル、点滴にご理解いただけない状況で、加えて、患者さまのご家族にも聴覚障害があり、手話と筆談でコミュニケーションを取った。多少手話をできる看護師が同乗したため、慢性期病院から二次救急病院に搬送できた。
  かかりつけ医からの要請の例として。入所中の65歳女性。乳がん末期で下痢・嘔吐、食欲もなく疼痛が増強したということで、慢性期病院で入院対応するため搬送した。この患者は独り暮らしのため保健所から杖、靴をすべて準備してから搬送した。
  5例目は、がんの積極的な治療を望まなかった59歳の男性。かかりつけ医から緩和ケア病棟への搬送依頼があった。急な入院になってしまいがっかりしていたということだったので、かかりつけ医の先生もご家族と共に救急車に同乗していただいた。
  動くことはできないが、急いで病院に搬送する必要のないケースもよく見受けられた。
  病院救急車に看護師が同乗する利点として、▽入院後の視点を持った情報収集が可能▽看護の視点から患者さまに寄り添うことで安心感を与えられる▽呼吸器・点滴・酸素・カテーテルなどをスムーズに管理できる▽患者さまの状況をアセスメントして医師と共に判断し、適切な処置に結び付けられる―などが挙げられる。
  プレホスピタルケアに長けた救急救命士と、医療処置への対応が可能な看護師が共に働くことで新たな医療連携システムを確立できないかと考えている。
  このシステムは市内で医療を完結させることが目的。三次救急は医師主体のドクターカーがカバーし、二次救急では、慢性期病院から高齢者救急まで、地域包括ケアの中で病院救急車を「ナースカー」として看護師が運用できるようにしたい。このような役割分担で、消防救急の効率的な運用にもつながるのではないか。
  「病院救急車同乗スタッフの育成」の取り組みとして、システムの一層の充実と救急の認定看護師の育成に取り組んでいる。特定行為を行える看護師、緩和ケア認定看護師に今、学校に行ってもらっている。救急救命士には医師事務作業補助者の研修に行ってもらっている。救急室での医師事務の仕事のシステムを作り、救急搬送者の受け入れ体制を強化したい。また各種研修会に行き伝達講習、病院救急車会議で振り返りなどもしている。
  熊本地震の応援には、看護師2人、救急救命士、DMATやAMATの資格を持つ病院スタッフらと行ってきた。
 病院救急車の運用によって見込まれる効果としては、▽在宅療養中や施設入所中の高齢者の医療機関への迅速な搬送▽地域内で完結する医療・介護システムの構築の促進▽医師会が責任を持つ地域包括ケアシステムの構築▽急性期・慢性期の医療機関や医療・介護の連携促進▽消防救急の負担軽減とモチベーションの向上▽消防組織に属さない救急救命士が誇りを持って働ける場の確保▽大災害発生時の救助・医療対応力の向上▽高齢者が安心して住める街づくり▽看護師が幅広く活躍できる場の確保とモチベーションの向上―を想定している。ありがとうございました。

○定光:ありがとうございました。八王子市における救急自動車、病院自動車の役割というか運用状況と、そこに看護師が加わることの意義や今後の展望をお話しいただいた。何かご質問は。はいどうぞ。

〇質問:ありがとうございました。1点だけ、民間としてこれだけのシステムを整えると、それなりに費用が掛かると思うが、費用を持ち出されているのか、市などから補助金を受け取っているのかをお聞きしたい。

〇鈴木:八王子市医師会の事業ではもちろん、医師会から費用が出ている。転院搬送や病院が主体で動いているものに関しては全部持ち出しである。

〇質問:スタッフを揃える体制など、かなり持ち出しも多いと理解してよろしいだろうか。

〇医療法人社団永生会理事長 安藤高朗氏:当法人としてとりあえず先行投資している。八王子市長にも「この事業は地域包括ケアとして非常に大事なのでもう少し予算を付けてほしい」と訴えている。何とかなればよいと思う。

○定光:「ナースカー」という概念はとても新しいと思うが今後、この名称を使うこともあり得るか。

〇鈴木:ドクターと救急救命士が乗る「ドクターカー」はあるが、看護師と救命士が乗るケースは少ないと思う。わたしたち看護師が活躍できるよう、特定行為ができる看護師がこれから増えていくと思われるので、そのようなメンバーを乗せながら、どこまでできるか分からないがやりたいと考えている。

○定光:その中で、救急救命士が本来、持っている自分の培ってきた仕事とか、プロフェッショナルな所を何か生かすことができるのか。

〇鈴木:わたしたちはベッドからベッドへの搬送しかできないので、救急救命士は「ここのルートをこうやって通ろう」とか「呼吸器が届かないからジャクソンで行きましょう」などを提案をしてくださるので、助かっている。

〇質問:安藤先生が八王子市長の話をされたが、私が「救急医療に準じた普通の連携だ」と言う一つの側面は、「救急医療」と言ってしまうと、東京なら東京消防庁のお金の流れの延長線にあるのではないかと習慣的に思ってしまうから。
  例えばケアマネジャーがどうしたとか介護の話でいけば、それは東京消防庁の車そのものが直接的に面倒を見ることにはなっていない。消防ではなく、むしろ行政の衛生部門だとか介護部門である。だから、救急医療の話をしていても、それはど真ん中の救急医療ではなく、その周辺の介護や福祉の問題があたかも救急医療のように見えているだけだと、市長を説得する際はぜひ、そんな背景も含めて説き伏せていただきたい。

〇安藤:八王子市からは「東京消防庁にこれだけのお金を払っているので今さらプラスアルファはきつい」という話があったので、目線を変えて、こちらの財布からというように話しをもっていきたい。

○定光:シンポジウムⅠはこれで終わりたい。ご静聴ありがとうございました。


(了)

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