日本長期急性期病床(LTAC)研究会 第4回研究大会 開催報告
【ランチョンセミナー】
高齢者の脱水
座長:川渕孝一(東京医科歯科大学大学院教授)
演者:髙瀬義昌(たかせクリニック理事長)「認知症と高齢者の脱水」
演者:緒方毅(東京消防庁救急部救急医務課長)「現場での点滴処置を含む東京消防庁の活動について」
〇川渕:今日のランチョンセミナーは2席ある。1席目は髙瀬義昌先生。麻布高校のご出身で1984年、信州大学医学部を卒業され、2004年に「たかせクリニック」を開設されている。髙瀬先生は非常に社会活動が広範だが、在宅医療で一定のエビデンスが出ているということなので、今日はその話をお聞きしたい。
〇髙瀬:川渕先生、ご紹介ありがとうございました。一番下の赤い線が西暦1000年から1600年ぐらいまでの日本の総人口のラインで、当時の総人口は1,000万人ぐらいだったことが分かる。元禄年間に3,000万人ほどになり、明治政府ができるころから急激に人口が増え、今は1億3,000万人に少し欠けるほど。ここから、凄まじい勢いで落ちていく。2025年から2035年にかけてだと思うが、高齢化のピーク時には、後期高齢者が大体4,000万人を欠けるぐらいになる。後期高齢者も当然増え、2,000万人を少し超えるぐらいになると予想されている。
都道府県の人口も二極化する。2025年が外枠、青が2010年の65歳以上の人口で、東京から北海道、静岡ぐらいまでは、地域に高齢者が押し出されていく。一方、鳥取や島根では、2025年にも高齢者の数は2010年とほとんど変わらない。よく言われることだが再認識していただきたい。
要するに、大都市の周辺が大変だということだ。地域包括ケアの中身にも分かりづらいところがあるが、特に在宅医療で重要なのは、これから住まい、それから暮らし、そして予防の部分での支援だ。川渕先生が言われた通り、結果を出す在宅医療が非常に重要だと思う。それから認知症対策。
今申し上げた通り、大都市圏といわゆる過疎地では事情が全く異なるということ。そして、都道府県から市区町村にだんだん網が細かくなっていくということ。
一番下の部分は猫の手も借りたい状況で、老人クラブなどいわゆる地域の人たちに、特に認知症の高齢者たちへの支援に積極的に参画していただくことがポイントだ。
右端に小さく書いてあるが、例えば皆さんのご両親が認知症になったら、医者よりもむしろ、地域包括支援センター、大田区では「さわやかサポート」に駆け込めばある程度の答えは出ることを強調させていただきたい。そういう年齢のご両親やご家族がいらっしゃるけど、こういうことを全くご存じない医師も多いと思う。
非常に重要な役割を担うのがケアマネージャーだが、医療的な事情は全然分かっていないと言ってもよいというような方が多い。例えば、「退院支援をどうしよう」と相談しても、ケアマネージャーが、わたしたちが知らないうちに、入院先の病院に退院後の在宅医療を断ってきたということは多々ある。地域包括ケアというより「地域崩壊ケア」だと感じてしまうことが頻繁に起こっているが、なかなか改善されない。
たかせクリニックは、在宅療養支援診療所として350人ほどの患者さんを診ている。最高齢は112歳の男性で、戸籍のある男性の中ではおそらく世界で二番目に高齢な方だ。残念ながら帯状疱疹にかかってしまい、歩けなくなってしまったが、水痘ワクチンをやっておけば、高齢者の場合は帯状疱疹も予防できると強調させていただきたい。
24時間体制で電話を受け、場合によっては往診や訪問看護を提供するのが在宅療養支援診療所の機能である。この制度が固まってから8、9年で、先ほど講演された三浦公嗣さんあたりが決めた制度だとは思うが、これから仕上げの時期に入っていく。
在宅医療をもう少し分かりやすく言うと「看取りをデザインする」ことだ。かえって分からなくなると怒られることもあるが、簡単に言うと、いい日旅立ち―これは山口百恵さんに断ってはいないが、勝手に使わせていただいている―いい日旅立ちの支援である。
そして、事件は現場で起きている。大学病院の中で起きているわけでは決してなく、事件は現場で起きている、地域で起きているということだ。医療と同時に「暮らしの困った」を支援するのが在宅療養支援診療所の結構重要なところで、いろいろな相談が来る。
『現代のエスプリ』(至文堂刊)で「在宅医療」の特集を2007年に上梓して監修したが、そのときに厚生労働省にいらっしゃった三浦公嗣さんや、香取照幸さんが麻布高校のわたしの同級で、共に執筆している。この中で在宅医療の「ミッション」「ビジョン」「ゴール」を書かせていただいた。
ちなみに今週号の「週刊東洋経済」の62ページからわたしが見開きで出ている。
在宅医療の「ミッション」が、多様な終末期の過ごし方について、患者さんとご家族のサポーターになること。「死」についても、「在宅医療などは所詮、死亡診断書を書くのが仕事だろう」とえてして言われがちだが、亡くなるまでの過程は、がんだけでなく認知症などでもプロセスをサポートしていくのが非常に大変。そこのフロントラインに患者さん・ご家族もともに立っているという実感が非常に重要であり、これを在宅医療の「ゴール」として見据えている。
「ビジョン」は、このゴールに至るプロセス、方法と読み替えていただきたい。在宅医療の現場では、患者さんだけでなく患者さんのご家族のコモンディジーズもフォローする。わたしに隠れてたばこを吸っていたご家族が閉塞性動脈硬化症にかかっていて、整形外科の友人と一緒に行ったときに「足が痛くて歩けない」と言うので、はたと気がついて靴下を脱がすと足が紫色になっていた。そのときはカテーテルの名手に頼み、その日のうちに治してもらった。彼は「心筋梗塞にもなりかけていた」と涼しげに言ったが、それを見逃していたら在宅療養は継続できなかった。家族に対する心配りも重要ということだ。
そのためには広範なネットワークや軽いフットワーク、意志決定支援が必要だ。認知症の方なら特別養護老人ホームやグループホームがいいということになるが、ちなみに特別養護老人ホームへの入所は大田区の場合、今は1,000人待ち。そのため、どうしてもいったん地方に行っていただかなければならないが、22万~23万円を毎月コンスタントに、高齢者に払う余裕のあるご家庭の方がはるかに少ないので、やりくりを算段するのも大変だ。
これは2008年7月6日付の朝日新聞。厚労省は2035年の認知症を450万と今の半分ほどに見立てていた。2012年には、実はこの倍に増えることが分かった。
「老老から認認へ」とここに書いてあり、たかせクリニックが紹介されている。3日を開けず外に出て行って血だらけで帰ってくるお父さんがあるとき、じゅうたんの上で粗相をしたので、一緒に捨てたことがあった。しかし、そのことを奥さんは忘れていて「じゅうたんを盗まれた」と言い出した。そこで、はたと気がついて「これは認知症だ」と。アルツハイマー型の認知症であることはまず間違いないとは思うが、MRIで調べようと思ったらまんまと奥さんに逃げられて、確定診断は付けられなかった。MRIを撮るだけでも結構大変。
今日のポイントはアルツハイマー、レビー小体型認知症、血管性認知症。重要なのは、例えばアルツハイマーとレビーを合併しているハイブリッド型の人も結構いるということだ。もちろん、アルツハイマーと血管性認知症、レビー小体型認知症と血管性認知症を合併している人もたくさんいるが、この2つ、3つが重なっている人が結構いる。中核症状は大体アルツハイマー型で、記憶障害から始まり、最後は「失行」。特に有名なのは「着衣失行」で、夏なのに“十二単衣”でしかもシャツは後ろ前が逆、冬なのに“ステテコ・雪駄”で外へ出て行くという感じ。そして「失認」。人の顔が分からなくなる。それから「失語」。
アルツハイマー型認知症の症状を持っている方にはこれらの中核症状がほぼすべて出てくる。その周辺の、「幻覚」から見てぐるりと「せん妄」までは周辺症状あるいはBPSDと言われるもの。これらが大体3か月から2~3年の周期で出たり消えたりする。非定型の抗精神病薬や抗てんかん薬をうまく使うと結構コントロールできるが、これらの投与はできるだけ短期間・少量ということになる。
「せん妄」が今日の一番大事なもので、3つポイントがある。まず、日内変動があり朝昼晩で症状が違い、突発的に起きる。これが1つ目の特徴。2つ目は認識機能障害。「見当識障害」「注意障害」「集中障害」などで、これらのうち見当識障害は、今がいつで、自分がどこにいるのかが分からなくなる。最後が「行動不穏」。これには過活動型と低活動型があり、過活動型が全体の2割ほどだと言われている。
わたしが在宅医療を始めたときに一番困ったのは、夏場に扇風機やエアコンをつけながらお茶だけを飲んでいる寝たきりの認知症の人たちがいたこと。この人たちはやはり脱水状態となっていたが、昼間に独居のことが多く、点滴をすると自己抜去しかねず危険なので、その当時、わたしの友人の先輩の黒田先生、東邦大学の近くにある知り合いの病院に救急搬送すると夜には元気になり、ベッドの上で仁王立ちして自己抜去する。
ベッドは血だらけで部屋はぐしゃぐしゃ。そういう時に限って夜勤が新人の看護師さん。看護師長さんに泣きながら訴えてもどうにもならなかった。「どこからの紹介の患者だ」「たかせクリニックだ」といった感じで先生に呼び出された。「これは、どういうことなの」と。これを何とかできないかと探し当てたのが経口補水液。このせん妄は、認知症や高齢者の脳血管障害、たかせクリニックの患者さんはほとんど該当する。特に熱の出ない感染、肺炎や、いわゆる尿路感染症が高齢者の場合、まま見られる。せん妄だけが症状であとは熱発もないことがあるので、本当に要注意だ。
そして一番多いのは、脱水。これはもちろん薬剤もあるが、これに例えばショートステイや入院という環境変化が加わると、せん妄が著しく出やすくなるのはご存じの通りだと思う。たかせクリニックの患者さんたちは大体、せん妄予備軍と言ってもいいので、「特にこの脱水を何とかしなければ」ということになった。
話は戻り、「中核症状」「周辺症状」(BPSD)と「せん妄」があるが、たかせクリニックに紹介されるのはこれら3つが重なった状況。治療が不可能なせん妄もあるが、治療可能なせん妄を鑑別診断して、特に脱水や薬を見ていく。それで、ある程度コントロールできるとあとはBPSDに関してこの黄色い所もある程度コントロールできるようになり、残りは青い所だけになる。アセチルコリンに関連する抗認知症薬をうかつにこの状況で使うと、頭の中で打ち上げ花火みたいにひどい状況になるのは目に見えているので、ある程度せん妄とBPSDをコントロールしてから青色の中核症状に切り込むのが実際的ではないかと思っている。
まとめると、脱水、薬剤、便秘などにより今申し上げたせん妄が起きる。そして、ベッドの上で仁王立ちするようなケースでは、そこから落ちて骨折する。骨折すると、1年間で大体400万~500万円の費用が掛かる。その大体9割方はここにいらっしゃる皆さんの税金や保険で払われる。これは何とかならないのかということになる。
最近フレイルへの対応の重要性が大変強調されるようになったが、特にレビー小体型認知症の場合には筋肉量が非常に減るので、熱中症も起こしやすい。低ナトリウム性の脱水で水分だけ取ってしまうことが多々あるが、このときにきちっと経口補水液を飲んでいただかないと、せん妄が起きやすくなることを強調させていただきたい。
転倒骨折で入院すれば認知症がさらに悪化して、さらに悪循環になっていく。わたしどものような末端の開業医と地方大学などとでぜひ連携して、このスパイラルを何とか断ち切っていきたいとも思う。
この辺りのことはいろいろな教科書に載っているが、低ナトリウム性の脱水の場合は精神症状、神経症状、要するにせん妄が起きやすい。熱中症も簡単に言えば、体温コントロールが効かなくなったせん妄と置き換えてもいいと思う。発熱などでこのぐらいは奪われるので、これは入れていかないとないと駄目だと。
筋肉量は、大体20歳代と70歳代とを比較すると大体3分の2から半分ぐらいになってしまうことがこの図からお分かりいただけると思う。フレイル対策も非常に重要だということになる。
これは、日野原重明先生の昔の教科書に、低ナトリウム性の脱水の場合は水分補給が悪化の条件になると書かれている。実は「経口補水液を飲まなければいけない」と、日野原先生が20年前の看護師向けの教科書に書いていた。さすがだ。
経口補水液はもともとアフリカの子どもたちのコレラの脱水・下痢の際に出されていた。
少し理論的な話だが、これは左側がちくわの内側で、ここが外側で腸管。ここに、例えて言うとダイソンの掃除機のようなポンプが付いていて、正確に言うと、「ナトリウム/グルコース共輸送機構」と言うが、ここの粘膜がやられると当然、水分や電化質を取り込めなくなる。ただ、ここがダメになってもこの電磁ポンプだけは働いていて、ナトリウムとその他のイオン、水分が急速に体内に吸収される。ここの粘膜がダメになっても大丈夫ということになる。この掃除機が動くためのポイントはブドウ糖の濃度が1~2.5%というところだ。
結局、1%~2.5%でないと水分もイオンも入っていかないことを強調させていただきたい。生理食塩水を飲んだから大丈夫かと言うと、大丈夫ではない。スポーツ飲料もブドウ糖が大体6%なので500CCのスポーツ飲料で、だいたい角砂糖8個ぐらいが入っているそうである。
これも同じ話で、これがイオンである。こちらが経口補水液と某社のスポーツ飲料の吸収のスピードを比べると、イオンも水分も、こちらの経口補水液の方が断然速いのが一目瞭然だと思う。
診断推論をして診断と治療。「病院に行くのは嫌だ」と言う方も多いので、お手伝いをして大学病院に何とか行けたら、今度は大学病院を含め、基幹病院の先生方と相談しながら薬のケアの最適化を行う。そしてPDCA(Plan・Do・Check・Action)のサイクルを回すことで、クオリティーのより高い地域医療を提供したいと思う。
「ほぼほぼ在宅、時に入院」。
最近では、田園調布などで大きなお宅に着替えのできない認知症のおばあちゃんがぽつんといるケースが結構ある。まず病院に入院していただこうと思うとき、支払い能力があるのかとか、家族はいるのかをチェックするため、税理士と一緒に行くこともある。在宅医療の卒業式を開くのと、患者さんの所に最初から税理士と行くことがあるのは、おそらく全国でもわたしだけだと思う。そういうことが必要な時代になっている。恐ろしいと言えば恐ろしい。
最後になる。
チームワーク、フットワーク、ネットワーク。そしてアリの目、鳥の目、魚の目。
魚の目には、広く見るという意味もあるが、アジの脇腹のとげは、サメやマグロが近づいたときの波動を感じるセンサーになっているそうで、今まさに食べられそうなときにひゅっと逃げる。要するにリスクマネージメントの目ということ。在宅医療では、若い看護師さんが訪問することもあり、彼女たちの安全も考えなければいけないし、患者さんには災害弱者のような側面があるので、災害の発生時を想定するとやはり、心配りをしなければいけない。そして言い古されたことだが、目配り、気配り、心配り。この9つのキーワードで日夜、頑張っている。
ご静聴ありがとうございました。
〇川渕:どうもありがとうございました。髙瀬先生の講演に「麻布」という言葉が何度か出てきたが、おそらく「麻布医療ネットワーク」があるらしい。ご質問をどうぞ。
〇質問:OS-1について。息子が9歳で、よく熱発する。OS-1を飲ませたいと思うが、一回飲ませた時に「おいしくない」と言われて断られてしまった。もう少しおいしくならないのか。
〇髙瀬:良いご質問だ。今年味付けが変わっているのでもう1回お試しいただきたい。
〇質問:それでは熱発したときに試させていただく。
〇髙瀬:10年くらい前、真面目に小児科に従事していたことがあり、そのときは和光堂のアクアサーナとか小児用のものを、今でも売っているかは分からないが当時はそういうものをお勧めしていた。認知症のおばあちゃんが脱水状態でどうしようかと思った時、経口補水液を思いついたのは、もともと小児科をやっていたからだ。
大塚さんには申し訳ないが、OS-1は、実は手作りできる。この本に書いてある。「OS-1は少し高い」と思われる先生はこの方法を試してほしい。ただ、ずっと置いておくといけないので、大体2日間くらいで飲み切るぐらいに。わたしはオートバイのレースを時々するが、仲間は結構、炎天下でレースをしている。鈴鹿8時間耐久レースなどでも皆、OS-1をたくさん買って持って行くようになり、保健室の冷蔵庫にOS-1がたくさん入っているそうだ。今は、コカコーラ系統でも「アクエリアスライト」が多少水分吸収率が良いとは思うが、OS-1がやはり一番良いのではないか。
〇川渕:ということでOS-1が良いということだった。エビデンスに基づく在宅医療ということで、先生は論文も書いていらっしゃるそうだが、残念ながら時間となったので、第1席目はこれで終了する。髙瀬先生にもう一度大きな拍手を。ありがとうございました。
第2席目は、東京消防庁救急医療課長の緒方毅先生。
わたしも8年ぐらい前にいわゆる「たらい回し」受診困難事例の研究をしたことがある。11回以上の受診拒否は東京がダントツで、なぜ23ヶ所も救急救命センターがあるのにこんなに多いのかをいろいろと調べた。「むしろ最後の砦が多すぎるからかなあ」と東京都知事選挙の前に日経の取材で話したら、東京都庁の方が飛んで来て、「今はそんなことない」という話だったが、その後どうなっているのかも含めて、今日は救急医療の「見える化」の話もいただきたいと思う。話題は「現場での点滴処置を含む東京消防庁の活動」です。よろしくお願いします。
〇緒方:東京消防庁の視点でお話をさせていただくが、今日は全国区ということで全国の大御所の先生と各病院のスタッフの方がいらっしゃる。現場の救急隊に代わり、日ごろから救急隊の受け入れにご協力、ご支援賜っていることに御礼申し上げる。
今日は「現場での点滴処置を含む東京消防庁の活動」についてお話しをさせて頂くが、川渕先生から今、総務省消防庁のデータで過去、「(受診拒否)11回以上」が東京は非常に多かったというお話があった。今日は有賀先生もいらっしゃるが、今では「東京ルール」が作られ、現場の空気がかなり変わってきている。今は1回の電話連絡で約74%、2回電話を掛けると90%ぐらい搬送先が決まる。選定困難になる率も非常に下がっている。
ただ、どこでもそうだろうが、救急車を頻回呼ばれる方についてはなかなか改善が難しく、東京でも、福祉や地域包括医療支援センターなどと連携しながら今、対策を講じているところである。その辺も含めてお話できればと思っている。
東京の実態を分かっていないと話の中身が見えないと思い、東京消防庁の概略についてまず簡単にお話しさせて頂く。東京消防庁は都全域をカバーしているが、稲城市と、大島、三宅、新島などの島しょ地区は受け持ちではない。それ以外を東京消防庁の救急車が現場をカバーし、走っている。
東京消防庁には今、245の救急隊があり、42秒に一回の割合で救急車が動いている。救急隊員は6,215人、そのうち救急救命士が2,234人である。
救急隊の出動件数は2015年は大体76万件。これが多いのか少ないのか、ピンとこないかもしれないが、よく例に出すのが鳥取県の出場件数である。歌舞伎町などを受け持っている新宿消防署に7隊があり、2013年中に2万6,158件の出場があった。鳥取県は1年間に2万4,157件なので、鳥取県の年間の出場件数よりも、新宿消防署7隊の出場件数の方が多い状況になる。そう考えると、76万件が非常に多いことがお分かりいただけると思う。
そういう中で、東京都の将来の人口は、東京オリンピック・パラリンピックのある2020年に一番多くなり、その後はだんだん下がっていくが、高齢者の人口はどんどん伸びていくという推計が出ている。
救急搬送人員を年代別に見ると、高齢者が非常に多く、65歳以上の高齢者は49.9%で、東京では今、救急搬送される方の半分が高齢者。75歳以上の後期高齢者は3分の1以上というのが実態である。
搬送人員では75歳以上がどんどん、右肩上がりに伸びている。ほかの年齢層は減っている年代も横ばいの年代もあるが、やはり後期高齢者が非常に伸びている。
年代別でみると「0~14歳」「30~49歳」「50~64歳」では搬送人員が逆に減っているということだが、「65歳以上」が増えていて、特に「75歳以上」の伸び率が非常に高くなっている。
熱中症の搬送状況をみると、救急隊が病院に着いて、確定診断をされる前の症状などで示していただく診断名(初診時傷病名)が熱中症、熱射病、日射病、熱疲労、熱けいれん、熱失神などとなっているものを抽出し、10歳未満の熱けいれんは一律削除しているが、これらの全体が4,940件で、そのうち65歳以上は2,422件と約半分を占めている。
これは大体想像がつくと思うが、月別では7、8月が非常に多くなっている。
時間別では、9時ぐらいからぐーっと上がって13時をピークにだんだん下がっている。
熱中症の傷病者の搬送状況で高齢者の方の年代別で65歳以上を見ると、70歳代、80歳代が非常に多く、90歳代は若干減っている。「65歳以上74歳」まで高齢者718人、後期高齢者が1,704人という状況である。
高齢者という視点で見てみると、やはり9時ぐらいから多くなって13時をピークにだんだん下がる傾向は同じである。
高齢者が救急搬送されて病院に着いたとき、「入院が必要だ」と言われる中等症が51%。入院の必要がなく、先生に診ていただいた後に「お帰りください」と言われる軽症が43%。ご家族なりケアマネージャーなりケアワーカーが(自宅に)行った際、意識がなく倒れているのを発見して出場要請した場合には、病院で「重症・重篤」という傷病名をもらうことが多い傾向にある。
65歳以上に特化して見ると、搬送先の病院は救命救急センターが6%、それ以外の94%は大体、二次救急の病院で収容されている。
発生場所で多いのがやはり屋内。居住つまり家の中、宿泊施設、介護などいろいろな施設の中など屋内(住宅等居住場所)での発生が非常に多くなっている。あとは道路、それから交通施設で駅。そういう所での発生が非常に多い状況である。
屋外の状況を、どこで発生したのかを救急隊の「活動記録表」から抽出すると、工事現場で作業中の作業員が倒れたり庭仕事、草むしりをしていて倒れたりする。清掃作業中、買い物中、テニス、ゴルフ。劇場の開場を待っていて倒れてしまったという事案もあった。東京には大きな劇場もたくさんあるので、そういう所に高齢者が結構早くから並んでいて、暑さに参って倒れてしまうケースも結構あるようである。
あとは道路。買い物に行く途中に倒れて、転倒したからか、熱中症で倒れたのかは分からないが、歩行中に、ということもある。
屋内では、数日前から発熱があり、1週間前から食欲不振、3日前から頭が非常に重いということでずっと様子を見ていた家族から救急要請。自宅で倒れて動けなくなっているところを家族が発見。ヘルパーさんが訪ねてきたら「起き上がれない」という申し出があり、救急搬送される状況も多くあったようである。
また家族が帰宅するとエアコンが消えていて、暑い部屋の中でぐったりしているのを家族が発見、不調を訴えた、認知症かどうかは分からないが、エアコンのつけ方が分からなかったということもある。誤って暖房をつけて、数時間そこにいて救急要請となるケースもあった。
現場の救急隊には「救急救命士」がいる。1991年に救急救命士法が施行されて心肺停止、いわゆるCPAのような状態のとき、決められたルールの中で特定の行為ができる。静脈路を確保して乳酸リンゲル液を入れたり気道確保をして器具を入れたり、薬剤を投与したりすることができるようになった。
2014年1月31日に救急救命士法の施行規則が一部改正する省令が出た。それまでは重度傷病者ということで心肺機能停止の傷病者にしかそのような処置ができなかったものが、心肺機能停止状態になる前の傷病者に対しても、2014年からショック状態のときに資格を持つ救急救命士が行けば、先に補液をしたり、ブドウ糖を投与したりすることが可能となった。
東京消防庁では2014年4月1日から、東京都メディカルコントロール協議会の中でルールを決め、心肺機能停止前の重度傷病者に対する静脈路の確保と輸液(ショック輸液)が可能となった。さらに血糖測定で低血糖だったらブドウ糖を投与することも可能になった。
活動の原則は、可及的速やかに医療機関に搬送すること。救急隊は速やかに現場を離脱して、直近の適応医療機関に搬送することが大名目なので、必要な処置を最低限して早く運ぶ。東京の場合は15歳以上が対象となる。次に考え得る対象者が増悪するショックの可能性が高い傷病者。さらに、クラッシュ症候群の疑いか、それに至る可能性が高い傷病者に対するショック輸液を可能にしている。
2014年4月から始まったので、同年と2015年のデータを見ると、ある程度決められた行為をする上でドクターに指示をいただく「指示要請」の件数が2014年中は28件で、内訳はショック輸液25件、クラッシュ症候群3件。2015年には92件と大幅に増えて、うちショック輸液88件、クラッシュ症候群4件と、現場でもそのような処置を可能ならば行うようになっている。
事例を2つ紹介する。ショック輸液を実施した事例として、9月中旬正午ごろ、60歳代の男性が家庭菜園での作業中に倒れた。それを通行人が発見して119番通報した。救急隊が着いた時のレベルはJCSⅡの10。呼吸が30回/分、脈が90回/分、血圧が88mmHgの触診でしか取れない状態であった。SATが96%、瞳孔が3×3、体温は37.4℃であったが、発汗と四肢末梢冷汗、嘔吐痕があった。
救急隊はすぐ酸素吸入と冷却を行った。更にショック輸液が必要だと判断して指示要請を行い、ショック輸液を行って救命救急センターへ搬送した。処置後は意識レベルⅠの2、呼吸24回/分、脈72回/分、血圧122/78mmHgSAT98%で、最終的に病院に着いた時には脱水の中等症という状況であった。
出場から現場に着くまでは7分であった。現場活動時間が19分。救急隊が現場に着いていろいろな処置をして病院を決め、出発するまでの時間が19分であった。
2例目は8月中旬13時台、40歳代の女性が旦那さんと口論になり、怒って車の中に閉じこもったものである。車両で具合が悪くなっている奥さんを旦那さんが発見して119番通報した。先ほど言ったように昼の13時台は一番暑い状況である。そういう時に車の中に閉じこもっていたので、かなりきつい状態だったと思う。意識レベルはJCSⅡの10、呼吸24回/分、脈90回/分、血圧80/40mmHg、SAT 96~98%、瞳孔33、体温37.6℃。所見では頭が痛く、やや蒼白で発汗が著明であった。
救急隊では、気道確保と酸素吸入、冷却、ショック輸液を判断して指示要請、救命救急センターに搬送して処置後は意識レベルⅡの10、呼吸18回/分、脈66回/分、血圧118/80mmHg、SAT99%。傷病名は熱中症の重篤であった。こちらは出場から現着までが14分と先ほどの倍ぐらい時間がかかっているが、現場活動時間が14分で、非常に早い活動であった。
参考までに、119番通報を受けて救急隊が出場して、現場に到着するまでの時間は東京の場合が7分45秒。これは、国から示されている中で一番遅いと何回も指摘されている。先ほど言ったように約76万件の救急出場があっても、実際に搬送するのが約66万件で10万件ほど搬送していない。そんな不搬送事案を見てみると、実際に現場に救急隊が着くと6割は「わたしは呼んでいない」と断る。東京の場合は、「人が倒れているから」と通行人が119番に掛ける、いわゆる「第三者通報」と呼ばれるケースが多く発生する。救急隊が現場に着くと「わたしは呼んでいない」「何しに来た」となったり、先ほどの頻回要請の方だったりと、いろいろなケースがある。現場に救急隊が接触して、搬送を断られるケースも結構ある。
先ほど言ったように救急隊はいろいろな所から出場するので、遠方から出場した際、近くの救急隊が対応可能な場合には、遠方の救急隊への出場を取り消して、近くの隊を出すようにしている。これに、現場に行ったら誰もいないようなケースを合わせたのが3割。残り1割はいわゆる社会死。現場に行ったらもう亡くなっていて搬送に至らないケースである。出場76万件の中の約10万件は、結局は搬送してないのが東京の実態である。熱中症予防対策ということで、総務省消防庁でこのようなものを出したり、各地でイベントを開いたりしている。
当庁において、今年重症となった熱中症の症状を見てみると、7月31日までの熱中症の速報値で36人いる。1月以降毎月発生していて70%は屋内。20歳代から90歳代の各年代で発生しているが、やはり高齢者が多い状況である。傷病者の97%に意識障害が認められ、60%は会話ができない状態であった。血圧は39%は正常であったが、25%はショック状態で33%は非常に高い傾向も見られた。
東京消防庁では高齢者の熱中症を防ごうと、扇風機やエアコンによる温度調整やすだれ、日傘、帽子の使用、こまめな水分補給を呼び掛けている。さらに、熱中症の兆候を見逃さず、手足のしびれ、めまい、立ちくらみがあったり、気分が悪くなったりしたら早く病院に行くように働きかけている。
これは今年使った東京消防庁の熱中症予防のポスター。
先ほども言ったように、出場から現場到着までの時間は、2005年には6分30秒だったものが、2015年には7分45秒と1分15秒も長くなった。非常に危機的な状態である。
この隣が救命曲線で、赤が2015年、青が2005年。そんなに変わらないと思われるかもしれないが、上の線は、心臓も呼吸も止まっている時にバイスタンダーが処置をしたことで、助かる確率が24%だということを示している。下の波線は、何もしない場合に助かる確率で、こちらは12%。バイスタンダーがいかに重要で、救急車を適正に使っていただかないと現場到着までに時間がかかってしまうと、コマーシャルしている資料である。
何でもかんでも救急車を呼ぶのではなく、呼ぶべきかどうか分からなかったら「#7119」に電話をかける事業が全国に広がりつつある。医療機関案内ならば1のボタン。分からないことがあるので相談したいときは2のボタンを押すと、相談看護師がプロトコールのデータを見ながら「今すぐ受診してください」「これなら翌日の受診でもいい」と判断し、救急車をできるだけ適正に利用していただこうということをやっています。
2015年中の相談件数は37万5,458件。これは2014年よりも4万4,000件増えている。1日当たりの相談は1,000件で、医療機関案内は22万4,000件、救急相談が14万5,554件。「その他」というのは、本来は病院に行くか、それに関連する相談なのに、人生相談などいろいろなものが含まれる。ただ、救急相談の中から救急車が必要だと判断したものが2万5,576件もある。
「#7119」がなく、この37万5,458件が全部119番に入ってきてしまったら、東京消防庁では今、救急車1台当たり3,000件余に対応しているから、単純に3,000で割ると、あと145台ほど救急車が必要になる。
ただ、認知率がまだ42.2%なので、これを少しでも都民に広げて、救急車でなくても済むならできるだけ「#7119」を使ってウォークインしていただこうと今、動いている。
最後に、水道局に断らずいつもこれを遊び心で出している。「ねえ知ってる?いつでも水道水が使えることはとても幸せなんだよね」を言い換えて、救急車が来ると、「ねえ知ってる?いつでも救急車が使えることはとても幸せなんだよね」と、都民にお話しするときに使っている資料である。ご静聴ありがとうございました。
〇川渕:どうもありがとうございました。ご質問をどうぞ。私事だが先日、息子が修学旅行中に熱を出し、「羽田空港に迎えに来てほしい」ということで、タクシーで迎えに行った。かかりつけの医院に診てもらうと細菌性の髄膜炎を疑った。日曜日の夜8時だったので骨髄穿刺をやってくれる基幹病院を捜したが、全部に断られ、LTACの関係か上西先生の公立昭和病院に受けて頂いた。当直医の遠藤先生に夜中にルンバールをやってもらったが、この場をお借りして上西先生始め、関係スタッフに感謝を申し上げる。ちなみに、そのときは救急車を呼ぶのも憚れるので、わたしの自家用車で行ったが、タクシー代わりで救急車を利用する高齢患者や酔っ払いがいかに多いかに驚愕した。改めてどうもありがとうございました。それではこれでランチョンセミナーを終わる。
(了)