日本長期急性期病床(LTAC)研究会 第4回研究大会 開催報告

記念講演



わが国の医療提供の仕組みと
医療者の未来


座長: 上西紀夫(公立昭和病院院長)  

演者: 三浦公嗣(前厚生労働省老健局長)

〇上西:それでは、「記念講演」として、厚生労働省の前老健局長の三浦公嗣先生からお話を伺いたいと思う。先生の略歴は厚労省に入省後、いろいろな部署をまわられ、その後に文部科学省や農林水産省を経て、平成26年から平成28年まで老健局長を勤められた。

〇三浦:2年に一回ほど動く。わたしは33年間勤めたが20か所ぐらい動いた。

〇上西:特に医療体制と、それから医療自体がどうなるのか等いろいろなご経験をされている。ある意味では医者もいらなくなる時代が来るかもしれない。人工知能(AI)が発達すると、一般的な医者は多分、必要なくなると思う。むしろ、介護関係やそういう所に人が必要になってくると思う。そういうことを含め、今後のことについて三浦先生から伺いたい。

〇三浦:今日は「わが国の医療提供の仕組みと医療者の未来」ということだが、有賀先生とも、わたしが救急医療を担当しているときに一緒に仕事をさせていただいた。わたし自身、高齢者の医療や介護を担当してきたので、先ほどの有賀先生の話を引き継いだ形でお話ができればと思う。
 75歳以上の人口の推移を見てみると、埼玉、千葉、神奈川といった東京周辺や沖縄では、伸び率が高く、山形や鳥取ではそれほど伸びない。
  これから高齢者数の伸びが見込まれる県でも一律に高齢者が増加する傾向かというと、例えば埼玉では秩父地方や中山間地域に行けば、人口はもう減少パターンに入りつつある。「地域」という言葉の考え方を少し整理しなければいけない。
  最初に有賀先生が示された東京都の二次医療圏のイメージがどの程度実態にあっているのかも考えていかなければならない。というのは、地域ごとに相当に状況が違うため。そしてその地域はかなり狭い範囲である。「一次医療」「二次医療」「三次医療」という医療の構造は、どちらかというと傷病が治ることを前提としたイメージでできている。しかし、高齢化が進めば今の世の中は必ずしもそうとは言えない。
  例えば昭和大学の病院で開発された医療技術が大田区周辺から周辺の区へ広がっていき、東京のトレンドになり、それがだんだん地方へ広まっていくというのが今までの流れとするなら、今後は必ずしもそうとは言えない。高齢者の医療は高齢化が進んでる中山間地域やへき地で発展している。地方やへき地で先行したものを東京や埼玉や神奈川が追い掛けている。だから、トレンドは今までとは逆に地方から首都圏や大都市へ向かっている。
  そういう意味では、今までわたしたちが頭で考えてきた医療の体系やそこに関わる人たちの動きとは逆のパラダイムや方向性、ベクトルがあるということになる。このことを理解することが重要である。
  地域包括ケアのことを少し申し上げる。「継続性」「自己決定」「自己資源の活用」が「高齢者の三原則」である。これらは言うまでもなく介護保険の中でも「尊厳の保持」「自立した生活」といった言葉の中で説明される部分だ。
  継続や自立、自己決定ということが、比較的若い人たちには関係ないかというと、そうでもない。言い方を変えると、わたしたち、つまり、ここにいる全員が一日一日と死へのプロセスを歩んでいる。
  だから、高齢者の医療を若い人の医療と区分して、特別なものとして論じるよりも、むしろすべての人間が高齢者の生活やいつか必ず死ぬことをイメージしながら、医療や介護を考えていく必要があるのではないかと思う。
  人口の高齢化によってさまざまな分野で大きな変革が起きているが、医療については、「治し支える医療」という言葉が出てきたように、死というものが医療にとっては敗北と考えられていた時代から、医療自体が死を受け入れるものに変化しつつあることも自覚しなければいけない。
  治すことをイメージした医療モデルが、終えんを迎えているとまでは言わないが、その人の生活をどう支えるかという、「生活モデル」に根差した医療の重要性が増しつつある。
  もちろん、医療者が引き続き「治す医療」に積極的に取り組むことは重要だが、それと同時に、大きなシェアを持ちつつある「生活モデル」の医療を理解し実践する医療者が多くなっていると思う。
  死がいきなり訪れることもあるが、比較的時間をかけてだんだんと近づいていく人も多い。そう考えると、死に向けた長いプロセスを通じて医療関係者は患者さん一人一人とつながりを持っていくことが重要ではないか。
  上西先生は、AIをはじめとして技術の進歩によって医師の仕事はなくなるかもしれないと言われた。正確な診断や的確な治療について、新しい技術はきっと大きな進歩をもたらしてくれると思う一方で、人でなければできない仕事はやはり人が引き続きになっていくことになるのは自明だ。
  人間としての喜怒哀楽、つまり感情、愛情、恨み、怒りといった感情は人間に固有なものであり、だからこそ人が手を当てる行為、「手当て」も古来から意義があったのではないか。
  逆に、医師、看護師をはじめとする医療者が人間としての本質的な品性をどう磨くかに、専門職としての本質があると思う。
   地域包括ケアのイメージ図の真ん中に「住まい」と書いてあるが、地域包括ケアシステムを最初に構想した段階では、ここは「住宅」となっていた。「住宅」が「住まい」にいつの間にか変わっている。それは、ハコモノとしての「住宅」から、例えば周辺の環境やコミュニティーとつながりを持つ「住まい」に変わってきたと考えられる。
  次に、真ん中に人が置かれている。チーム医療の中で考えると、本人が真ん中にいるということで説明がつく。では、この本人と、周囲の支える人たちとの関係はどうなっているのか。
  朝日新聞に「折々のことば」というコラムを書いている鷲田清一さんのお話を聞いたことがある。鷲田さんは大阪大学の総長だった方で、鷲田さんがかつて入院されたとき、感染症予防チーム、栄養サポートチームなどいろいろなチームが病室に来たことを指して、ご本人曰く「日本の医療には、医療チームはあってもチーム医療はない」と言われた。
  どういうことかというと、旅の一座のようにいろいろな人たちは来るが、患者さんである鷲田さん自身を中心にした議論ではなく、医療関係者が一方的に説明して帰っていく。これは、チームはあっても、患者自身のいる場所がどこにもないとこういうようなことを言われた。
 こういうことから考えると、人が真ん中にあるだけでは不十分で、この輪の中のまさにキーパーソン、中心人物、自ら参画する人として、ご本人がいなければいけない。
  地域包括ケアの本質は、実はこの住民にある。医療や介護、さまざまな人たちは地域包括ケアをどうつくるべきかという議論をされるが、その議論の中で忘れられがちなのは、住民、あるいは患者だと思う。
  「地域包括ケア」は厚労省が最近思い付いた言葉のように思われがちだが、三十数年前、私が川崎市の保健所で働いていたとき、よく言われていた言葉は「保健・医療・福祉の連携」だった。今でも、保健・医療・福祉の連携が必要ではないと言う人は多分いないと思う。でも、今の保健・医療・福祉の連携の姿と三十数年前に、川崎で目指していた保健・医療・福祉の連携の姿は大きく異なる。
  当時は、訪問看護もなければ在宅医療そのものもなかった。往診という言葉しかなかった時代だ。そのときから比べれば、世の中は確実に進歩し、高齢者をはじめさまざまな人たちを支える体制は確実に充実してきている。
  「地域包括ケアシステムは2025年までに完成するのか」というお尋ねをいただくことがときどきある。だが、地域包括ケアは永久に完成することはない一方で、既に地域に存在している。つまり、時と共に、そこに住んでいる人たちと共に、その姿は変わり完成度を高めていくものだと思う。だから、地域包括ケアは常に進化していくものである。
  地域包括ケアという言葉を発想されたのは、広島県の旧御調(みつぎ)町(現在の尾道市)にある「公立みつぎ総合病院」の院長だった山口昇先生だ。
  山口先生がなぜ、地域包括ケアという言葉を考えたかというと、当初から地域包括ケアを作ろうと思って仕事をされていたわけではなく、外科医として患者さんを治療しても、その患者さんたちが家に帰れないまま病院の中にいつまでもいることに気が付き、その状況を改善するために、訪問看護ステーション、在宅介護支援センター、地域包括支援センター、さらに町役場の保健衛生部門などを一つの病院の中に全部収めて、巨大な戦艦大和のような病院を中心とした地域の保健・医療・福祉の提供体制を作られた。
  これは言葉の上で「地域包括ケア」を作ろうと考えたというよりも、手術を終えた人たちが家に帰れない実態を目の当たりにして、それを解決しようと関係者の協力を得たら、そういう体制が出来上がったということだと思う。
  もう一つ、尾道市には「尾道方式」と言われる、市医師会が中心となった開業医のネットワークがある。整形外科のお医者さんでも眼科のお医者さんでも、認知症を確実に確定診断できる技術を身に付けよう、在宅で看取りをできるようにしようと地域の中で構想していった。
  これも、当初から地域の中で看取りに対応できるようにしようと考えたわけではなく、歯科医療機関で麻酔をかけた患者さんがショックを起こしたことをきっかけとして地域医療の改善に着手したもの。地域の救急医療体制が脆弱だということで救急医療委員会を医師会に作り、救急医療体制を充実させようと議論を重ねた結果、介護関係者が参加し、社会福祉協議会が参加し、民生委員が参加した。そして気が付けば保健・医療・福祉のさまざまな関係者による巨大なネットワークが出来ていた。
  「地域包括ケア」という言葉が今あるように、30年ほど前には「プライマリーヘルスケア」という言葉が世界中で唱えられた。これは世界保健機関(WHO)を中心とした議論で、地域の保健衛生の状況を改善するために総合的な取り組みを進めたが、言い過ぎかもしれないがWHO参加国の中で大きく成功した国は多くはなったと思う。莫大な資源をこうした総合的なプロジェクトに投入する余裕がなかったからだ。
  それでは、WHOは諦めたのかというとそうでもない。今申し上げた全般的なプライマリーヘルスケアの運動は、ホリゾンタルなプライマリーヘルスケアと呼ばれるようになった。それに代わって出てきたのがバーチカルなプライマリーヘルスケアである。
  例えば、保健・医療・福祉の課題の中でも老人保健、あるいは結核対策、感染症、栄養対策と、それぞれの国の最も喫緊の問題に特化して体制を組んでいくのがバーチカルなプライマリーヘルスケアで、各国でそれなりに完成度を高めることができた。
  地域包括ケアも全く同様。地域包括ケアは出来上がったものをそう呼ぶのであって、手段にすぎない。ホリゾンタルなプライマリーヘルスケアが各国で必ずしもうまくいかなかった前例から考えると、限りある地域の資源を生かしていくという点では、それぞれの地域、それも町内会レベルでどのようなニーズが地域にあるのかを本質的に掘り下げ、まずはその問題の解決に取り組むことが重要になる。
  ちなみに先ほど申し上げた広島県御調町は、尾道方式を開発した尾道市と合併して、新たな尾道市となった。尾道市という行政区域の中に、全く異なる地域包括ケアの仕組みが動いている。行政地域、小学校区域、町内会区域といったものにとらわれず、住民が共通に抱える課題に対応していくことによって結果的に地域包括ケアシステムは作られていくことになる。
  地域包括ケアシステムの構築を念頭に置いたとき、地域の最大の課題は何なのかを地域ごとに見ていく努力が必要になる。地域包括ケアは究極の民主主義とも言えるもので、供給側の理論や考え方ではなく、住民が真に何を欲しているのかを専門職の目から掘り下げる努力が必要で、「うちの町で何ができるか」よりも、何が課題なのかがまず掌握されていないと前には行かないのではないかと思う。
  わたし自身は10年ほど前に介護報酬の担当をし、リハビリテーションマネジメントという考え方を報酬に組み入れたが、今回、2015年度の介護報酬改定でリニューアルした。
  今回の見直しで、リハビリテーションを単にマネジメントするだけでなく、介護サービス全体をリハビリテーション前置の考え方で統一するために「リハビリテーション会議」というものを作った。この会議にはPT、OT以外に介護や看護などいろいろな人たちが加わり、20分間のリハビリテーションをどうするかではなく、その方の生活全体を貫くものとしてリハビリテーションを位置づけることとし、リハビリテーションの目的をすべての介護関係者が共有し、それがケアプランに反映されるような構造を作っていこうとしている。
  介護保険はもともとリハビリテーション前置と言われていたが、それをより明確化する観点から、リハビリテーションが一気通貫で介護サービスの中軸になるような仕組みとしてリハビリテーションマネジメントを考えた。
  在宅医療がこれからの中心だとよく言われ、「厚労省は医療費・介護費を減らしたいから在宅医療を進めたいと思っている」と言われる。介護保険がないときは、在宅に送った方が医療費は安くなったかもしれない。というのは、在宅で行える医療行為にはさすがに限界があり、例えば在宅で心臓移植を行えるわけではないので、そういう意味では医療費は安くなるということもあったのかもしれないが、少なくとも介護保険が出来てからは、在宅での介護も社会保障の対象になり、また、社会コストから考えると、どこかに集住していただいた方がサービス提供者の移動時間が短くなり、効率化が進むという考え方もあるのかもしれない。
  しかし、そういうことが重要なのではなく、なぜ今在宅医療なのかというと、在宅で過ごしたいという人たちに対するオプションを増やすことが求められているからではないか。施設にいたいという人たちを追い出すのではなく、在宅もある、施設もある、そして死への長いプロセスの中で、ご自身がどういう人生をこれから歩もうとうするのか、選択できる体制を作っていこうというのが、在宅医療を充実させることの本質ではないかと思う。
  そういう意味で、在宅と施設を取り合わせてサービスが提供されることになるので、そこには当然、医療と介護が連携していることが大前提になる。その際に考えないといけないことは、一次医療、二次医療、三次医療と整理されてきた医療体制と、これからの医療や介護の在り方との整合性だ。
  今日は敬老の日だが、三十年ほど前に始めた、100歳の人に銀杯を贈呈する国の事業がある。最初は100歳になる方は150人くらいしかいなかったのだが、今はおよそ3万人になっている。
  つまり、高齢者は希少という点では特別な存在ではなく、むしろ社会の中核を占めつつある。その中で、大学病院の役割についてある大学病院で講演をしたときに、急性期の公的な病院の院長が「患者が病院から退院しない。どうしたら退院してもらえるのか。それを考えるのが厚生労働省の責任だ」と言われた。入退院の流れは国、自治体、そして医療機関間の相互の努力によって構築されるものであり、医療システムとして考えると、診療報酬やさまざまな仕組みを通じてそれぞれの医療機関の機能が発揮できるようにすることが重要だ。
  地域包括ケアは極めてローカルな仕組みなので、地域ごとの特性を生かした仕組みが必要になる。そのためにあるのが「地域ケア会議」だ。この特徴は、対応が困難な方、例えば認知症があって、片麻痺があって、独居で低所得という方がいたとき、この方をどうやって支えるかは、今までの仕組みで言うと、個別のケアマネジメント、つまり、ケアマネジャーが頭をひねりながら知恵を出して、「この方にどこに入っていただくか」「在宅でいるなら誰に来てもらうのか」と悩んできた。
  これからは、地域包括支援センターの中で関係者が議論し、その方にとってベストな方法を考えていくことになる。例えば「うちの地域には小規模多機能の事業所が少ない」ということなら、地域の課題として、認知症を支える小規模多機能をどう増やしていくのかという議論になる。そして、介護保険の事業計画に、これからの3年間で小規模多機能の事業所をこれだけ増やすという方針が決まっていく。
  こういうことから言うと、介護保険の中に初めてPDCAのサイクルが入ったと言えるかもしれない。つまり、現状を見て、そしてそれが政策に反映され、次のプロセスとして実際にそのサービスが提供されるようになっていくという仕組みだ。
  つまり、先ほどの公的病院の院長の悩みは、その方が退院できるように地域全体で考えていくことになる。
 地域ケア会議を進めていく上では、さまざまな関係者として、サービスの提供に直接当たらない方々にも知恵を出してもらい、今までケアマネージャーが一人で悩んでいたことを地域の中で解決し、そして同じような状況の方が仮に発生した場合は、同じプロセスをたどることで、いわばけもの道がだんだんと太くなり、舗装道路になっていく。こうしてそれぞれの地域の中で課題が解決されていくことが期待される。
  ところで、「地域包括ケアシステムというのが完成することはない」「いつも成長するものだ」と先ほど申し上げた。地域包括ケアシステムがどのように成長しているのかということを供給側ではなく、利用者側の視点で考えていくためには適切な指標が必要になる。例えば、平均寿命や健康寿命という指標はもちろんあるが、町内会レベルで平均寿命を求めることは難しい。新しい時代の地域の健康指標が必要になっている。その地域の人たちがその地域で過ごしていてよかったと思えること、つまりその地域に住んでいることが一人ずつの幸せにどれだけつながっているかを把握することが重要だと思う。そのためには、これはいつも有賀先生が言われることであるが、医療だけで解決できるものではなく、社会全体で解決しなければならない課題だ。
  「救急医療は社会の縮図だ」とよく言われるが、地域の中で住民が満足度の高い生活をしているかどうかを把握するためには、社会システムとして評価しなければいけないということになる。低栄養の高齢者はだんだんと減りつつある一方で、在宅で介護サービスを利用している高齢者の7割が低栄養、またはその恐れがある状態にあることが指摘されている。
  つまり、この飽食の時代に、食事を満足に取られていない、栄養を取れていない高齢者が、特に弱っている人たちの間に多いという重要な問題があるということだ。高齢者にとって最大の喜びは、言うまでもなく食べることだ。その食べる楽しみが満たされていない人たちがたくさんいるということになる。栄養の問題は、社会の中で高齢者を支える体制が整備されていることを示す指標の一つになるかもしれない。
  中山間地域に行けば、集落内にお店がなくなっていて食材を買えない、そして金融機関も、農協の支店も郵便局もなくなり、貯金を下ろそうにも下ろせない状態が生じているところもある。公共交通機関も、限界集落と呼ばれるような所には通わなくなっている。バスの路線が廃止されるとそこに住んでいる高齢者は医療機関にもいけなくなる場合がある。
  自律して住民が生活するためには医療や介護だけでなく交通や金融、さまざまな分野のサービスが集約される場としてコミュニティーが出来ていると考えると、栄養問題というのはまさにその発露として捉えるべきで、地域の有り様の結果として食事を取れていないということが生じる。
  しかも具合の悪いことに、低栄養の人たちはなかなか医療機関に来ないことも多い。閉じこもり、医療へのアクセスがないことなどがその背景だ。そう考えると、「地域の中で高齢者や住民を支えるとはどういうことか」をさらに掘り下げて議論する必要が出てくると思う。
  もちろん、介護保険でいろいろサービスは提供されるようになっているとは言っているがそれだけでは生活を維持できない。公共交通機関や金融機関の確保をはじめ、地域の資源の各話にまで目を行き届かせる必要がある。
  神奈川県立保健福祉大学の学長をされた阿部志郎先生は「ヒューマンサービス」という言葉を提案している。
  まさに地域包括ケアを見通してこの言葉を使われていたのではないかと思うが、保健・医療・福祉が全人的に対応し、それぞれ固有の機能で役割を果たす、つまり医療は医療、介護は介護の役割をしっかり果たすことや、先ほどのリハビリテーションマネジメントと同様にサービスに共通する包括的な目標を定め、医療と介護が連携と互換性を深めていくことを提案されている。
  さらに、利用者主体でなければいけないということ、コミュニティーが基本であることなど、地域包括ケアシステムをヒューマンサービスという形で阿部先生は当時、見通していたと思う。
  ヒューマンサービスの構築には5つの要素が重要だと言われているが、中でも高齢者の自立という観点からはエンパワーメントが重要である。高齢者一人一人が介護や医療サービスを利用しながら生活を維持できることは重要ではあるが、本人ができないことを外の人たちが代理で提供する、例えば、食事を用意できないので、ヘルパーが用意すれば食事は確かに取れるようになるが、次の目標は、その方自身が、自ら食事を取れるようになることとなる。そうでないと、誰かが食事を作らない限り、まさに生活できないということになる。エンパワーメントはご本人にその能力をつけてもらうことを強調している。
  先ほどご紹介にあったように、文部科学省で医学教育を担当していたが、ある先生から医学教育とは「僕たちは釣った魚を学生にやるわけにいかない。魚の釣り方を教えるんだ」と言われた。
  まさにその通りで、医療・介護も魚に例えれば、釣った魚を提供している限り、釣り人に依存せざるを得ない。そうではなく、自分に残された機能を使ってできる限りは自分ですることがエンパワーメントの意味だと思う。
  ケネディー大統領の弟のロバート・ケネディーは、子どもたちの健康、教育の質、子どもたちの遊ぶ声、国に対する貢献、知恵、知識、勇気などを人生を豊かにするものとした上で「これらはいずれもGNPでは測れない」と言っていた。保健・医療・福祉サービスがもたらすのはお金で測れないものであり、阿部志郎先生の言われるヒューマンサービス、各地で取り組まれている地域包括ケアシステムがもたらすものである。
  地域の課題として、決して見過ごせない問題が心の問題ではないか。介護保険が出来たとき、当時は「痴呆」と呼ばれていたが、認知症は決して忘れられていたわけではないが、さまざまな介護保険のサービスをもってしても、認知症の人たちにぴったり当てはまるサービスが必ずしも十分にあったわけではないと思う。
  身体障害に対応するサービスは介護保険で対応できたというのが率直な感想だ。しかし、この段階に至って認知症問題はまさに避けて通れない、本人や家族のみならず、医療・介護関係者すべてが取り組まなければならない重要な課題だ。
  この背景には、認知症高齢者数が増えていることがある。現在は65歳以上の7人に一人が認知症だと言われていて、実はそれと同じくらいの人数が認知症予備群とも言える軽度認知障害(MCI)と呼ばれる状態にあると言われている。つまり、65歳以上の3~4人に一人が認知症やその予備群ということになるが、これからわずか7、8年のうちに、認知症高齢者が65歳以上の5人に一人になる。仮に認知症予備群がそれと同じくらいいるなら、高齢者の2~3人に一人が認知症かその予備群ということになる。まさに認知症は一般の病気、コモンディジーズであって、誰もが関わる病気と言える。
  認知症が特別の病気ではなく、いわば高齢者の一般的な状態になる可能性がある。このため、一次医療、二次医療、三次医療と呼ばれる医療体制は大きな変革点に今、立ち至っているというのがわたしの感想だ。
  ここで考えなくてはならないのは、「治す医療」から「治し支える医療」へのシフトである。巨大な慢性期の患者層というものがあって、その人たち自身が今や、医療や介護の利用者の中心を占めていて、その巨大な患者層から、脳卒中、骨折、がん、肺炎といった急性期のエピソードが発生している。
  つまり、いきなり脳卒中が発生するのではなく、その方はもともと糖尿病や高血圧などの慢性期の医療を受けていて、その状態から脳卒中になり、そしてリハビリテーションを介して、もう一度慢性期の患者層に戻っていく。
  川の流れのように、三次医療、二次医療、あるいは急性期、回復期、慢性期などという一方通行の流れではなく、慢性期の大きな湖があって、そこからさまざまな水が流れ出していて、一定の時間を経て慢性期の湖に戻っていく。最初の「湖問題」を解決しないことには、その後の医療が抱える問題の解消は解決しないことになる。
  ご案内の通り、新オレンジプランができた。総理が認知症のサミットに突然現れ、わが国の認知症対策を加速するための新たな戦略を策定すると指示した。新たな戦略は政府一丸となって、「生活全体を支える」と述べたことが重要だ。従来のオレンジプランはあくまでも厚労省のプランであったが、新オレンジプランは政府全体で作ったということになる。
  新オレンジプランの目指すものは基本的に地域包括ケアシステムと同じ方向性である。「良い環境で自分らしく」ということが重要だ。認知症の人たちにとって良い環境を作っていくことが重要だが、認知症の人たちにとって良い環境は、一般の人にとって良い環境だ。
  認知症の有る無しにかかわらず、わたしたちはいつでも、自分がいつ、どこで、何をしているか分からなくなる環境に置かれることが少なくない。例えば、旗の台の駅に降りて昭和大学病院への道がわからなくなることもある。駅前に「昭和大学病院」の看板があれば、こちらだと分かる。駅員さんに「大学病院はどこですか」と聞く方法もある。
  このように認知症の人たちにとって過ごしやすい環境は、すべての人にとって過ごしやすい環境につながっていく。今まで身体に障害を持った方に対するユニバーサルデザインという考え方があったとすると、新しい時代、つまり認知症の人たちが当たり前の人になる環境では心のユニバーサルデザインが必要になる。
  コミュニティーが重要であり、そこに住んでいる住民一人一人がその支え手であり、そしてそれをさらに支える医療・介護の関係者の姿ではないかと思う。
  新オレンジプランには7つの柱がる。最初の柱が、認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進だ。普及啓発については、オレンジ色のリストのバンドを、1時間半の授業を受けた方に差し上げているが、これについては地域での取組みに加えてそれ以外のグループでの取組みとして、小学校の子どもたちや職場での取組みもある。
  例えば流通や金融といった高齢者と接する機会の多い業界が熱心だ。あるスーパーマーケットの関係者に「立派ですね」「積極的に取り組んでいただいてありがとうございます」と申し上げたら、「わたしたちにとって、お客様として来られる認知症の人たちにきちんと対応することが大切なのは言うまでもないですが、しょう油を毎日買いに来る認知症の高齢者に対して適切に対応しないと、その方の家族からクレームが来る。しょう油を毎日買っていくのをなぜ止めない」と言われる。 
  つまり、普及啓発そのものはもちろん素晴らしいが、同時にそれぞれの組織体にとってリスクマネジメントに直結しているということだ。これは医療関係者にも当てはまる。認知症の人だと気が付かず言われるままに診療していたならば、仮に何か問題が起きたときに、「あなたはなぜ、この方に認知症があると気が付かなかったのか」と問われかねない。
  産婦人科では「女性を見れば妊娠と思え」という言葉があったが、認知症の人たちにもしっかり対応できるような仕組みが必要になるということではないかと思う。
  もう一つ重要なのが、認知症の人やその家族の人たちの視点である。本人は認知症だから何も分からないはずだと思われがちだが、決してそうではない。判断能力は確かに落ちているかもしれないが、感情だけは豊かに持っている。だからこそ、いろいろな問題が地域や家庭の中で発生するとも言える。
  認知症を初期の段階で把握できれば、認知症の長い経過を念頭に置いて、それぞれの家族の準備もできる。
  医療でも同様に、高齢者が倒れた、呼吸が止ったというときに、人工呼吸器をどうするかということもあれば、食事を取れなくなったら、胃ろうを設置するかどうかなど、実際に食べられなくなったり、呼吸できなくなった段階で「どうしますか」と医師から訊かれるから家族は悩むのであって、長い時間をかけた「死のプロセス」の中で、自分はどう考えるのか、自分の家族をどうするのかを議論していくことが重要だと思う。
  これからの介護保険の姿をどう考えるかと厚労省老健局の若い人たちに訊いたら、これからは「わたしのしたいこと」を支えるのが介護保険の役割という結論だった。
  それぞれの高齢者が「したいこと」をどうやって支えるかということが重要で、「おいしいものを食べたい」というのも大切だと思う。何れにせよ、介護が必要な状態になっても「大丈夫」と言える制度を作ることが重要ではないかと思う。
  地域医療を担当しているとき、福島県立医大のドクターヘリの看護師控室に行った。壁に貼り紙があった。「大きな声であいさつを」「笑顔を忘れずに」「身だしなみをきちんと」と、いろいろある中で「大変なのは承知の上だ、大変であることを口にしない」と。こちらの涙が出るようなことを彼らは掲げていた。
  現場で困っている状況にあったり、あるいは大変だと思っている医療・介護の関係者の方々が、歯を食いしばって頑張るということだけではなく、そのような方を支えていくことも地域包括ケアの持続性に関わる問題ではないかということを申し上げて、わたしの話を終えたいと思う。どうもありがとうございました。

〇上西:お話ありがとうございました。最初は高齢者の三原則ということで、継続性、自己決定しなければいけない、それから自己資源を活用しなさいと。
  もう一つ、介護保険は尊厳の保持、能力に応じた自立した生活をするためのものだと。その中で中心になるのはやはり、高齢者になったら死というものを前提とした生き方を考えなさいという話だと思う。これが多分いわゆる地域包括ケアシステムの根幹になっているのだろうと思うが、そういう中で、具体的にどうするかはなかなか難しい問題だと思う。高齢者の課題としては実際具体的に栄養の問題、認知症の問題をお話しいただいたが、それを実際にやるにはやはりリハビリ会議、ケア会議などできちんと対応すべきだと。その場合にやはり医療と介護の連携が大事だと、わたしはそう理解した。ご質問をどうぞ。

〇質問:東京医科歯科大学の川渕です。特殊なので非常にためになった。わたしは実は2年前に義理の母を認知症で亡くしたが、68歳で発症して84歳まで生きて、80歳までは老老介護で親父が風呂に入れていたが、やはりなかなか難しく、最後は施設にお世話になった。

 先ほども話に出たが、認知症が一番残酷な、病気なのかよく分からないが、わたしはこの新オレンジプランを何度読んでも、よく分からない。多分これはイギリスかどこかの受け売りかな、と思って聞いていたが、「認知症は予防できる」と書いてある。できるのか、というのが一つ。三浦さんのご両親がいるかどうか、ご存命かは知らないが、お父さまやお母さまがもし認知症になられたとき、どうされるか。施設に入れるか、在宅でやるのかという個人的な話を最後に聞きたい。

〇三浦:後段の質問へのお答えから。家内の両親も合わせて4人の親がいるがそのうち3人が亡くなっている。その3人とも要介護認定を受けて、いずれも程度の差はあっても認知機能の低下があった。一番厳しかったのは家内の父親で、失見当などの認知症の症状が出てきたときに、家族はすべて全否定。つまり、いかに親父の認識が間違っているかをこんこんと指導し、その結果、本人は自尊心を傷付けられ、家族関係がばらばらになっていった。でも最後まで家で介護していた。最後は家族全員が倒れてグループホームに移し、本人の状態も落ち着いた。
  不思議なもので、やはり違う環境に動くことのダメージもあれば、違う環境に行くことの良さもある。人間関係が崩れるまで家族で介護してしまったことは、結局苦い思い出となった。先ほどお話ししたように、認知症でどんなことが起きるか、そしてそれに対してどう対応すればいいかを父親の介護をしている家族が知っていれば状況は違っていたかもしれない。
  身体的な負担も含めて家族介護が限界に達する中で、最終的にグループホームを選んだことは、本人のQOLも考えると適切な選択だったと思う。施設や在宅の上手な使い方があるではないかと思う。
  それから前半部分へのお答えだが、認知症の予防はできるのかということは重要だ。予防にもいろいろな予防があって一次予防、二次予防、三次予防の考え方がある。
  まず三次予防、二次予防の観点から言うと、既に関係業界は大きく動いている。先ほど申し上げた通り、認知症の有病率は高くなることが見込まれるので、その予防薬があれば多くの方が飲むだろう。

〇川渕:飲む。

〇三浦:しかも毎日飲むかもしれないので、巨大なマーケットとなることが考えられる。研究者や製薬企業は全力投球している。専門家によれば研究開発はかなり進んでいる。「東の空は白んでいる」と思う。
  研究開発が加速化している原因の一つがiPSの存在だ。iPSから作製した患者の神経細胞を培養し、そこにいろいろな薬を投与すれば、その薬の作用が分かる。
  今までは、試験管の中で人間以外の細胞を使ったりして、作用があることが認められたら、それをマウスやサルに使い、有望だと思った物質を最後に人間に投与したところ効かなかったというように、失敗がたくさんあって、何十万の開発物質の中で、ようやく一種類が使えるというのがよくある話だったが、iPSの登場によって開発の速度と確率が格段に上がっているのは間違いないと思う。
  いずれにしろ、そんなに遠い世界ではないと考えると、介護保険も医療保険も大きく姿が変わる。認知症の根治薬が仮にできれば、今までのようには人間が死ななくなってくる。

〇三浦:長生きするようになる。ちなみに、バイオの世界にはICTの関係者が非常に関心を持っている。
  有名なICT企業が設定した目標値は人間の寿命を1万年にすることだそうだ。皆がツルを超えてカメになる。
  馬鹿げていると言えばそれまでだが、しかし、自動運転の車がそうであるように次の技術として何が来るか分からない。保健・医療・福祉という業界が伸び盛りの分野だと狙っていろいろな業界の人たちが知恵を出してくれることは重要なことで、人類の負担が軽減され未来が開けるのであれば、それはいい話ではないかと思う。

〇川渕:ありがとうございました。

〇上西:ほかにどなたか。認知症が治ったら大変なことになるが、医療と介護の連携という話ではいつも、厚生労働省は「医療側はもっと出てこい」とおっしゃるが、今日の話でもやはり多職種の協働が出てきて、リハビリのST、OTとか看護師が入ってくるけれど、病院を経営していると、そのコストは一体どうするのかと。特に、認知症が治ったらますますそういうコストが掛かるわけで、介護保険みたいなお金を考えると……。

〇三浦:今や医療保険も介護保険も区別がない世界で、医療保険プラス介護保険の費用で考えようというのが流れだと思う。
  一方、医療保険も介護保険も、実際にサービスを利用する人たちに対する給付なので、例えば、救急医療体制のように、メディカルコントロールシステムは、診療報酬ではなく、救急医療に対する補助金を通じて整備を図っていることを考えれば、診療報酬と介護報酬の枠組みと同時に、基盤整備のための補助金など、あらゆる資源を使って行うべきではないか。

〇上西:そんなお金はあるのか。

〇三浦:認知症が治れば財源は出てくる。

〇上西:実際に補助金をもらう立場としては多分、中小病院とかが中心にはなると思うが、そこをきちっとやらないと医療と介護の連携はなくなってしまうと思うので、ぜひお願いしたいと思う。

〇三浦:もうその任にございませんので(笑)。

〇上西:がんでも、iPSを使うとがんが治るというデータはある。だが具体的にどうできるかというのは、まだ全然ないので、多分そこにいろいろな問題点が出てくると思う。
  先生、ありがとうございました。

(拍手)


(了)

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