病床機能連携の実際

岡田玲一郎
社会医療研究所


 最初にお断わりさせて頂くのは、私は学者ではなく現場人間なので、論文というより現場での経験を報告させて頂くことである。
  LTAC(Long Term Acute Care)については、06年ごろからアメリカで話としては聞いていたが08年にアメリカのLTAC病院のCEO(女性のソーシャルワーカーがバッググラウンド)を日本に招いて「日米ジョイントフォーラム」を開催したのが、私の初めての日本での経験だった。当時は、病床機能の明確化はなく「ウチは急性期でいく」という程度のものであったので、関心はほとんどなかった。
 しかし、アメリカのLTAC病院の急増をみていると、日本でも病床機能としてのLTACは必要になると確信していた。理由は、人口の高齢化と医学・医術の進歩により“急性期の期間が長くなった”ためにアメリカでLTAC病院が急増したから、日本でもLTAC病院(棟)が必要になると思ったからだ。その後、毎年のようにアメリカのLTAC病院を視察したりCEOを招いたりしてきた。
 そんな経緯もあったから、当会の発足を一番喜び期待しているのは、実は私かもしれない。三次救命救急病院の苦悩は肌で知っているし、病床機能別の患者さんの流れは、絶対に確立しなければならないものと思っている。しかし、個人的な話になるが、年齢という現実もある。まぁ、死んだ後でもいいからという覚悟はあるから、これからも現場から学んだものを報告していきたい。
 図Tは、'13年9月29日の当会の研究大会で済生会熊本病院の赤星麻沙子さん(地域医療連携室室長代行)が発表された、平成とうや病院との連携を私なりに図式化したものである。ただ、この連携の「カタチ」を垂直型とか縦型と称するのは大きな抵抗があるので、どなたかふさわしい名称を教えて頂きたいと思う。研究大会で赤星さんが発表されたように、病床機能連携とはけして「患者のやりとり」ではなく、患者さんご本人やご家族、さらには家庭環境を含んだ「社会性」のあるものだと、私は思っている。その意味で、垂直とか縦とかいう“上下”を感じる表現は、したくないのである。一応、図では横に並べてみたが、併行型というのもおかしいと思う。


(図T)


 また、小規模だけれど現場で機能している例で「循環型」と称すべき機能連携もある。


(図U)

 循環型とは、救命救急センターではないが二次救急機能を有する急性期病院で、在宅支援機能やサ高住等の老人の生きる場所及び看とり機能を有している病院が、長期急性期病院と連携しているパターンである。長期急性期病院に在宅支援機能がなかったり量的に不足している病院と二次救急機能を有した急性期病院との連携である。長期急性期病院もまた、退院患者の行き先の確保が必要だから、である。
 この型では、長期急性期病院から退院していく患者さんの受け皿として急性期病院が有している機能を活用するケースである。日本中でいくつか、このタイプはみるのである。

 次に述べる自己完結型連携になるであろうケースは今後出てくると思うが、かなり地域医療連携上の問題が出てくるであろう。

(図V)

 図Vは、一般急性期病床を長期急性期病床に転換していく、いわば自己完結型である。これも既に一部で起きており、具体的には一般病床を亜急性期病床に転換している病院だ。例えば、600床規模の公立病院がこのタイプになったら、周囲の病院はどうなるんだろうという危惧が私にはある。この辺は、いまの中からルールづくりをする必要があると強く思うが、厚労省はどうするんだろう?!

 以上、'13年の終わりに急いで現場の動きを起稿したが、ご批判を頂きたいと願っている。あるいはご提言でも有難い。
 また、有賀徹先生がおっしゃっている「老人の救急受診のルール化」は、非常に重要だと思う。私がLMD(Let Me Decide)の運動を20年以上実践していて、痛感することだ。どういうことかというと、LMDの事前指示書で集中治療を希望しないと意思表示されていても、家族は“大きい救急病院”に送ろうとすることが多いのである。
 医療知識のない一般市民としては当然のことかもしれないが、救急医療の諸システムを社会資源とみるとき、一般市民の教育が大事になってくる。私も、一般市民にLMDの講演をする機会に救急医療について教育しているつもりだが、分かって下さる一般市民は経験上二割ぐらいだ。しかも、LMDの講演に来場される一般市民の問題意識は高い、のにだ。
 しかし、けして諦めてはならない、と思う。諦めからは、なにも生じないからだ。病床機能連携の話をしているとき、先に述べた老人が生きていく場所を運営している施設に期待がある。一部の施設では急変時の搬送について老人本人やご家族と話し合いを持たれている施設もある。しかしこれとて、“いつもはお見舞いにも来ない家族や親戚”が、あとから文句を言ってくることへの怯えがあるのだ。世の中は、なかなか“ズンバラリ”とはいかないことを痛感しながら生きている。そして、やるだけやるしかないと思う。